発動④
満月だった。
夜一人部屋で過ごす時間になると、窓を開けてその日の月を眺めることは、侑子の習慣になっていた。
衝立に手を置いて、空を見上げる。
ユウキが窓を開放して歌っているのだろう。彼の部屋の方向から、歌声が聞こえてきた。
初めてユウキの歌声を聞いてから、もう何度も変身館で歌う彼を観たが、やはりステージ上のユウキは、いつも戦士だった。
リリーのピアノ伴奏だけのときも、バンド編成のときも。時にはユウキ自らギターを弾きながら歌うこともあったが、いつだってその表情から緊迫感が拭われたことはなかった。
ユウキはいつも母親の幻聴と戦いながら歌っているのだろうか。自室で歌っている今もまた、そうなのだろうか。
噴水広場で定期的に行う曲芸では、“才”で声を変え歌うユウキだが、その時は普段と変わらず、のびのびとしているのだから不思議だ。
むしろ自分がどのような表情を作れば、観客を引き込み、魅了できるのか、全て計算して演じているような余裕さえ見られるのだから。
ユウキと過ごす時間が増え、彼のことを知れば知るほど、心さえも別人の誰かが、噴水広場とライブハウスにいるかのような錯覚に、侑子は陥るのだった。
――今日も月は変わらない
この世界での生活にも、大分慣れてきた。
侑子は自分の順応性の高さにやや驚きつつ、安堵してもいた。
もう戻れないのなら、馴染むしかないのだ。そう覚悟も固まってきた。
しかし月を見上げていると、たまに感傷的な気持ちに揺さぶられることもあった。
今日はそういう日のようだった。
むこうの世界――かつて自分が暮らしていた世界のことが、次々に頭に浮かんできては、いつまでも消えていかずに滞留している。
聞こえてくるユウキの声が奏でる旋律が、悲しげなせいもあるだろう。気持ちが引っ張られていった。
「皆どうしているかなぁ」
突然失踪したので、きっと家出か誘拐事件として扱われているだろう。
あの日もうすぐ来るはずだった侑子を心配して、賢一と望美、愛佳たちもあちこち探し回ってくれただろう。
すぐに朔也にも連絡がいって、せっかくのデートを中断させてしまったかもしれない。
兄の慌てふためく様子は、簡単に思い浮かべられた。
両親にも連絡しただろう。母は帰国したのだろうか。
父は、見つかってからでも遅くないと言って、まだ帰ってきていないかもしれない。そういう人だ。
それでも侑子は、別に父のことは薄情だと思わなかった。父が帰国しようがしまいが、侑子は帰れないのだから。
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