発動③

 侑子が作ったあみぐるみは、日に日に増えていった。


 かつてこんなに短期間に沢山のあみぐるみを作ったことはなかった。学校に通うことがなくなった侑子には、それだけ自由になる時間があったということだった。


 この世界の学校に通うには、さすがに魔法が使えないといけないらしく、侑子が編入することは叶わなかった。

エイマンやジロウが、侑子の年齢に合った魔法以外の教科の学習書を探してくれ、周囲の人々が家庭教師をかってでてくれたので、侑子の学生らしい習慣はかろうじて失われずに済んでいたのだった。


――くま、うさぎ、犬、猫、ペンギン、ひよこ


 侑子が記憶だけで作れるものは、全て作った。


 ノマが分けてくれた色違いの糸でそれぞれの動物を複数編んだので、完成品を並べた東屋の椅子は、あっという間に色であふれた。


「随分賑やかになったね」


 明るい笑い声に振り向くと、学校から帰宅したばかりのユウキが、通学鞄を手に立っていた。


「おかえり、ユウキちゃん」


「ただいま」


 ユウキは侑子に並んでしゃがむと、目の前の動物たちの中から、一番手前にある水色のクマを手に取った。


「一番の新入りは、この子かな」


 侑子が頷くと、ユウキはクマの首の部分を一撫でした。


 光の粒と共に、青のグラデーションを乗せたガラスの鱗が出現する。ちょうどクマの襟飾りのようになった。


 侑子は今日もいつものように顔をほころばせた。


 ユウキが侑子の作ったあみぐるみに、このように一工夫加えて飾り付けをしたのは、一体目のくまが完成した日だった。


 あの白いくまの背は、ユウキの衣装と同じように綺麗に整然と並ぶ鱗で飾り付けられた。糸の色一色だったあみぐるみに、鮮やかな色合いと透明な煌めきが加えられ、侑子はファンタジー世界に住む架空の生き物のようだと思った。


「この鱗、本当に綺麗だよね」


 陽の光にきらきらと輝くガラスの鱗に触れながら、侑子は言った。

 隣で鼻歌を奏でながらあみぐるみたちを一つ一つ確認していたユウキは笑う。


「ユーコちゃんはいつも、鱗を触ってたよね」


 夢の中でのことを言っているのだろう。


 確かに夢の中でいつも侑子は、無遠慮に触りまくっていた。僅かに赤面しながら侑子はごめんね、とつぶやく。


どうせ夢だからと思い、興味関心の赴くままに振る舞っていたことは否めない。現実の自分ではありえないことだ。


「いいんだよ別に。それにしても、あの夢。すっかり見なくなったな」


 ぽんと頭におかれたユウキの手を感じながら、侑子も同意する。


 ユウキと出会ってから、あの夢を見ることはとんとなくなっていた。


「現実で会えたから、もう見ないのかな」


「そういうものなのかもね」


 侑子は少し残念に思う。

あの夢が大好きだったのだ。心が踊り、楽しくて幸せで一杯になる。心配や不安といった負の感情を忘れて、素直な自分だけになれた。


 なにより、無遠慮にあの鱗の美しさや不思議な水かきを確かめることができないというのは、やはり心残りだ。

 そう口にすると、隣から「ははっ」と大きく笑う声がする。


「本当にユーコちゃんは、この鱗を好いてくれてるんだね。じゃあ、ほら」


 ユウキは侑子の左腕のブレスレットに触れた。


 着脱やサイズを調節するときに引く二つの糸端に、それぞれ三枚ずつ鱗をつけてやる。


微妙に色合いの異なる六枚のガラスの青い鱗が、お互いに触れ合うたびに、小さく涼やかな音を奏でた。


「わあ」


 自分の腕の上で揺れる青い光を、うっとりと見つめながら侑子は礼を言った。

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