発動②
エイマンに頼んでいた透証も、彼に依頼した日から三日後には、侑子の元に届けられた。
エイマンが手渡してくれたそれは、話に聞いていた通り、サイコロのような小さな立方体だった。
「名前や住所など、予め教えてもらった情報はもう入れてある。後は君の生体情報を登録するだけで、これは正式に君の身分証になるよ」
エイマンが侑子の手のひらに乗せてくれた透明な立方体は、とても軽かった。しっかり持っていないと、すぐに紛失しそうだ。思わずぎゅっと握り込んだ侑子は訊ねる。
「生体情報? どうやって登録するんですか?」
「それでオーケーだよ」
エイマンは笑った。
侑子は透証を握りしめた右手に目をやる。ゆっくり十数えて、と言うエイマンの言葉どおりにしてから、指を解いた。
「これでいいんですか」
そこには先程から何も変化のない立方体があるだけだ。
「大丈夫、ちゃんと登録できてるよ」
指先でその立方体に触れたエイマンがうなずいている。
「しかし魔法が使えないとなると、透証の機能の一部を使うには、少し不便なんだけど……ちょっと失礼」
僅かに思案顔を浮かべた後、エイマンが丸く円を描くように、透証の上部で人差し指を動かした。
すると、先程までただの透明の物体だった立方体から、3D映像のような四角い映像が浮かび上がった。目を丸くして侑子がその映像を見ると、そこには撮った覚えのない侑子の正面からの証明写真のようなものと、自分の氏名、年齢、そしてジロウの屋敷の住所が記されていた。
「これで分かるかな。ちゃんと君の身分証が表示できてるよね」
エイマンはそのまま侑子に透証の基本的な使い方を教えてくれた。
透証そのものが魔石のように魔力を蓄積しているものなので、魔法が使えなくとも使用することはできるらしい。
説明を一通り聞いた侑子は、スマートフォンの音声アシストのように使えば問題ないだろうと理解した。
「それとこれは、普通の透証にはつけていないことなんだけど」
エイマンが僅かに声を落として付け加えた。
「君の居場所は、透証によって逐一政府に分かるようになっている……気分を悪くさせたらすまない。けど、監視するとかそういう目的ではなくて、君の安全を確認するためなんだと思って欲しい」
「はい。別にいいですよ」
侑子は特に不快な気にもならずに頷いた。自分がこの国において特殊な存在であることくらい、嫌という程分かっている。むしろ存在をこの国の人々に把握してもらっているほうが、安心感があるくらいだった。
そんな侑子の様子を見て、ほっとしたようにエイマンは表情を和らげた。
「良かった……もう怯えさせてしまうようなことは、避けたいと思っている。ユウキくんもいるし、ジロウさんが後ろ盾になっている以上、私の出番はないだろうが。困ったことがあれば、いつでも頼ってもらって構わないから。そうだ」
エイマンは侑子の手の上の透証をつまみ上げた。
「透証は身につけておいた方がいい。紛失すると面倒だ。形を変えるには、魔法を使わなければならない。今私が手を加えてもいいかな?」
承諾するとエイマンは立方体からとんぼ玉のような形に透証を変化させた。大きな穴のあいた丸い透証は、次の瞬間には侑子の左腕の防視効果つきブレスレットに貫かれていた。
「その腕輪は君には必要なものだろう。魔力が他人から見えないようになっているね。それと一緒に身に着けておくのが、一番安全かと思う」
「ありがとう、エイマンさん」
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