針と糸⑫

 侑子がそれを見つけたのは、食後に寛いでいる時だった。ジロウは遅くなるらしく、ノマが腕を振るった夕食を三人で食べ、片付けも済んだところだ。


 ノマが何気なくローテーブルの下の籠から取り出したものは、侑子にとって大変馴染みのある一揃いだった。


「かぎ針だ!」


 先端が短く鉤状に折れ曲がった短い金属の棒は、編み物に使う道具である。


 ノマはそれと一緒に白い糸玉を手にしていたので、一目でそれが編み物道具であることが侑子には分かった。


「ユーコさんも編み物をやるんですか?」


 侑子の目の輝きと嬉しそうな表情を目にしたノマは、取り出した道具を彼女の前に運んでくれる。


「はい。私、編み物が大好きなんです」


 侑子は丸くまとめられた糸玉を手に取った。テニスボール大のその白い糸は、綿糸のようだ。この季節の作品作りに適した、夏物の糸である。


「へえ。ユーコちゃんは作る人だっていうのは聞いてたけど、編み物をするんだね」


 ユウキが侑子の手元を覗き込んできた。糸玉の隣の小箱の中には、とじ針やクリップ等の、小さな道具が入っていた。色や形は侑子が使っていたものと異なるが、それぞれの用途は見ただけで分かる。


 侑子の胸は嬉しく高鳴った。


「編み物仲間ですね」


 微笑んだノマが道具を一式貸してくれることとなり、ユーコはそれを飴色のバスケットにまとめてもらった。


「何か編むものは決まっていますか? 糸は私が保管しているものでしたら、すぐに持ってこれますよ」


「俺が魔法で出してもいいよ」


 ユウキがふわりと微笑んだ。

嬉しそうにバスケットの中を見つめる侑子に、自然と笑顔になる。


「あみぐるみを作ろうと思います」


 バスケットから顔を上げた侑子の言葉に、ノマもユウキもぽかんとした。


 聞き慣れない単語だったのだろう。

こちらの世界には、あみぐるみはないのだろうかと、侑子も首を傾げた。


 編み物で作るぬいぐるみのことだと簡単に説明すると、なるほどとノマが頷く。


「では中綿がいりますね。準備しておきましょう」


「ありがとうございます」


 嬉しくなって、声も大きくなった。弾む声音が高くなる。


「糸は? どんなものを使うの?」


「何でもいいの。この綿糸でも大丈夫だし」


「その糸なら沢山ありますよ。好きな色に染めてもいいですね」


「染める?」


 頷いたノマが糸玉から糸端をつまみ出すと、指先で僅かに撫でた。すると端から十センチ程の範囲が、鮮やかな空色に変わったのだった。


「きれい。これも物質交換なんですか?」


「特に意識はしないけど、同じことだね」


 ユウキが答えながら、ノマから糸端を受け取ると、空色に変わっている部分の境目から先十センチを紺色に変えてみせる。


「染めたい色があったら、変えて差し上げますよ」


 侑子は手に乗せてもらった糸端を見つめながら、しばし考えた。

 そしてこう告げたのだった。


「このままでいいです。ノマさんとユウキちゃんが今変えてくれた色はそのまま、後は白いままで。編みながら魔法の練習もしてみます」


 大好きな編み物の延長線上だったら、もしかしたら魔法を発動させることができるかもしれない。

できなかったとしても、落ち込むことはないだろう。


 侑子はわくわくしながら、糸端を人差し指に巻きつけて、編み針を構えた。

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