針と糸⑬

 最後に編み針を握ったのはつい三日前のことなのに、随分久しぶりのことのように感じた。それほどこの数日間が慌ただしく、新しい情報に溢れていたのだ。


 侑子は二つの世界には、共通する物事が少なからずあることを既に理解していたが、そういったものを発見するたびに、安心感を得ることができるのだ。

 ユウキが取り出した絆創膏然り、そしてこの編物道具然りである。


「あらあら。随分編み慣れていらっしゃいますね」


 すいすいと編み上げていく侑子の手は、リズムを刻むようだった。覗き込んだノマが驚き顔で言って、侑子ははにかんだ。


「何個も編みましたから、これは。もう手が覚えてるんです」


 それはオーソドックスなあみぐるみの

頭部だった。規則的に編むことで円形になったそれは、内部に綿を詰めると、きれいな球体になるはずだ。


 冗談抜きで何個も編んできたので、編み図がなくても、迷いなく手が進んだ。


「面白いなあ。まるでユーコちゃんが魔法を使ってるみたいだ」


 ユウキがにこにこと笑っている。侑子は編み物を始めたばかりの頃、手本を見せてくれた母の手元を見つめながら、自分も同じことを言ったと思い出していた。



***



 夜が進み自室に引き下がった後も、侑子は編むことに没頭した。

 元々編み物を始めると、時間を忘れがちになる程集中してしまうのだが、この日は輪をかけてのめり込んでいた。


 慣れないことばかりひっきりなしに起こり続ける中で、突如再会できた、侑子にとって慣れ親しんだ趣味だった。初めて訪れた公園で予想外に仲良しの友達と行き合い、お喋りに歯止めが効かなくなるように、侑子は黙々と針を進めた。


 頭部に続き胴体と手足、耳も編み上げる。全て同じ糸で編んだので、一番初めの頭部の編み始め部分がユウキとノマの染めた色である以外は、全身真っ白のクマである。


 綿詰めもせずパーツはバラバラなので、まだぬいぐるみの形には遠い。しかし侑子は満足して、最後に糸玉から切り離したパーツとハサミを机に置いた。


 時計を確認すると、既に日付を跨いでいた。


 そろそろと立ち上がると、膝がガクッと折れる。長時間同じ姿勢で足を組んでいたので、足先はすっかり痺れていた。


 悶えながらやっとのことで広縁までたどり着くと、障子窓を開ける。

昨夜と同じように、ガラス戸も開け放って夜空を見上げた。


 今日も月がよく見えた。

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