針と糸⑩

 夕日の赤で地面が染まっていた。今日の夕焼けは特別赤い。


 ハルカ、アオイ、ミツキとスズカの四人は、バス停までの道のりを歩いていた。


「どう思った? ユーコちゃん」


 アオイが切り出した。隣を歩いていたミツキが、自然と返す流れになる。


「普通の女の子だったね。かなりしっかりしてるとは思ったけど」


「妬かないの? ユウキは相当入れ込んでる様子だったけど。あのユウキが」


 いじるわけでもなく大真面目に質問するアオイを、ミツキは肘で軽くどつく。


「ユーコちゃん見てたら、妬く妬かないとか、そういう気持ちにならないよ……そりゃ、ユウキのあの感じにはびっくりした。私はあんな優しい顔して見つめられたことなかったし。けど、恋愛としての気持ちがあるのかどうかは、分からないよ」


「往生際悪いなぁ」


 背後からはぁーと溜息をつくハルカの声が聞こえた。ミツキはすぐに振り返って否定した。緩いウェーブがかかる、撫子色の髪が揺れる。


「そういうことじゃないよ! 私の個人的願望抜きにして、ユウキの感情は恋愛とは別の気持ちなんじゃないかって思ったの。恋愛より、もっと大きいっていうか、強いっていうか。ユウキ見てると分かるの。とにかく、私はもう敵わないかなって……悟った」


 最後の一言に、他の三人は皆驚いたようだ。三人揃って足を止めたので、ミツキははぁと溜息を漏らして、困ったように笑った。


「何よ。そんなに意外だった?」


「いや……まぁ意外だった」


 素直に認めるハルカを、少しだけ睨む。


「確かにユウキのことは大好きよ。フラれたけど、側で一緒にいたいなって思ってた。でもユウキが他に良いと思う人がいるんだったら、潔く引こうとは思ってたの。本当に。だってあいつが私のことを見てないのは、分かってたし」


「そうなの?」


 スズカが恐る恐る訊ねる。


「分かってるふうに見えてなかったよ、全然」


 ミツキはぷっと吹き出した。


「あわよくばって気持ちは、あったからね!」


 でももういいや。とミツキは続ける。


「もうすぐ就職もするし。失恋の傷治すには、新しい環境が一番だよね」


「は? お前就職決まってたの?」


 声を上げたのはハルカだったが、アオイも知らなかったのだろう。目を丸くしている。


「あんたたち、私が十月卒業決めて単位取ってたのは、ユウキを追いかけてとか考えてたんでしょう? 勝手に恋愛脳女みたいに思われてるのがムカついて黙ってたの」


 図星の男子二人は、ぐうの音も出ない。

その様子を満足気に眺めてミツキは笑った。


「フフ。いい気味。……春に学校を通してスカウトが来たの。王府から」


「王府?!」


 王府とはこのヒノクニを統べる王直属の行政機関のことだった。神事や公務など、王が関わる国事の補佐や事務などを担う公的機関である。


「私ってさ、他人の表情や仕草から、気持ちを読み取るの得意なの……得意なんて意識したことないけど、分かっちゃうんだよね。なんとなく。あ、今この人笑ってるけど悲しいなとか、この人善人ぶってるけど良からぬこと企んでるな、とか。すぐわかっちゃう。魔力を視るよりすぐに。なんか魔力とは違う色? みたいのがふわーって見えるんだよね。それで気になるなぁって思っていると、もう少し具体的なところまで見えてくるの」


 バス停に着いたが、まだバスが来るまで時間がありそうだった。


「当たり前にできたから、そういうもんだって自分では考えてたんだけど、これは“才”なんですって言われちゃったわけよ。王府のスカウトマンから」


「はぁ?」


 ハルカが驚愕に眉を歪めた。


「自分の“才”に気づかないって、そんなことあるかよ? 魔力使ってたってことだろ?」


「知らないよ。ユウキの“才”みたいに分かりやすかったらすぐ分かるだろうけど、私はずっとこうだったんだから。もはや自分の性質みたいなもので、片付けちゃってたの。お陰様で昔から敵は作らずに平和に過ごせてきたけどね」

 

 ミツキの今の説明に大きく頷くのは、同性のスズカだった。

確かに彼女ははっきりと物言いをする性格の割に、人間関係で荒波を立てることはなかった。

複雑で分かりづらい女子だけの関係の中で、いつも平和に過ごせているのは、すごい才能だなと常日頃感じていたのだった。


「なんで王府の人は分かったんだ? ミツキが“才”を持ってること。それに王府職員なんて、普段全然関わらない人達じゃないか」


 訝しむアオイに答えたのはスズカだった。


「先生たちが普段から私達のことをよく見ているってことじゃないかな。ミツキ本人が自分の性格みたいなものだと思っていた“才”を、ミツキの長所として売り込んでくれていたんでしょ?」


「そ! それで王府のスカウトマンが会いに来て、そこで判明したってこと。あのスカウトマン……“才”を持ってる人は、見ただけで分かるんだって言ってた。その能力も“才”なんだって」


「へええ。まじかぁ」


 ようやく飲み込んだという顔のアオイとハルカは、脱力したようにバス停のベンチに腰をおろした。


「……悪かったよ、ミツキ。確かに俺達はお前のこと、諦めの悪い恋愛脳だと思ってた」


「あんたたちの考えてることなんて、“才”使わなくても丸わかりだったけど、実際に言葉にされると腹たつなー」


 ハァと大きく息を吐き出して、ミツキは続けた。


「……だからね。私には今のユウキがユーコちゃんに抱いてる感情が、恋愛以上の大きいものだって、それだけは分かったの。人の気持ちなんて本人にすら予測できないものだから、今後どう変わるか分からないけど……でもね、ユウキがあんな顔して誰かに特別な気持ちを持ってるの初めて見たから、正直怖くなった。全然知らない人みたいで」

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