針と糸⑨

 ノマの料理が運ばれ、談笑しながら昼食が片付く頃には、侑子のこの世界へやってきてからの経緯は、大体説明が終わっていた。


「向こうの世界は、魔法が存在しないのか」  


 興味深そうにつぶやいたのはアオイだった。


「不思議な話だな。君には確かに魔力があるのに」


 侑子は防視効果付きのブレスレットを外していた。自分には見えないが、他の人には確かに侑子の魔力は見えるようだった。


「本当に色がないのね。知らなかった」


 ミツキが侑子の腕の少し上に、撫でるように手を翳した。

光るそれは確かに侑子の身体から見える魔力だが、自分の身体から湧き出る紅花色のものとは違って、無色透明だ。


「でもとっても綺麗。ユーコちゃんの魔力、きらきらしてるのね」


 素直な感想を口にして、ミツキは頷いた。


「きっと魔法が使えるようになったら、それはとても美しいんだと思う」


 ふっと微笑んだ彼女の様子を眺めていたアオイは、意味深な視線をハルカに送る。受け取ったハルカも頷き返した。


「でも魔法が使えなくても、それほど不便じゃないっていうのは本当だよ」


 スズカが言った。午前中の魔法練習で、何も成果が出なかった話を受けての言葉だった。


「魔法を使わずに生活してる人って、実は結構沢山いるんだよ。便利だからって使いすぎも良くないって考えは、共通認識みたいなものなの」


「授業で叩き込まれるよな」


 アオイが頷いた。


「魔法に頼りすぎると、真実と幸せを見失うって教訓が、昔からあるのよ」


 ミツキが説明を引き継ぐ。


「その通りだと思うわ……今のこの国の国民は、ほとんどの人が身をもって知っていると思う」


 あっとミツキは口をつぐんだ。


「ユーコちゃん、まだこっちにきたばかりなんだよね。国のことにまで話が広がったら、訳分かんなくなっちゃうか」


 侑子は首を振った。

むしろ今は、より多くの情報がほしい。


「もっと教えて下さい。この国のこと。もどかしいと思っていたんです。ここで生きていくなら、知らないといけないことだから」


 きっぱりと告げた侑子を見て、しばらく皆沈黙した。


それを破ったのは、張りのあるハルカの声だった。


「よし! じゃあ俺たちで、ユーコちゃんの家庭教師やろうぜ。今日だけじゃ時間足りないだろ。空いてる時間みつけて、暇な奴で交代してさ」


 決まり! と強く締めくくったハルカはそれと、と侑子に付け足したのだった。


「俺達にも敬語やめてよ。ユウキには普通に話してたでしょ」

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