針と糸⑧
「ユウキちゃんの友達?」
「そう。四人いるんだけど、皆幼馴染。良い奴らだよ。ユーコちゃんに紹介したいなと思って、連れてきちゃったんだけど……会えそう? 大丈夫?」
心配そうに伺うユウキに、侑子は頷いた。
「うん、もちろん……ごめんね。心配させちゃった」
座布団の上で足を組み替えた。暖色のレースカーテンの効果で、差し込む夏の日差しは柔らかい。白を基調にした家具のおかげで、リリーの部屋の中はとても明るかった。
「もう大丈夫。それに、分かってたんだ。このドア開けたって、戻れるわけないって」
無理せずとも、今度は声は震えない。
「友達って、あのよく遊びに来る子達? そうね。あの子たちなら平気でしょう」
ベッドに腰掛けて見守っていたリリーが頷く。
「ユーコちゃんの良い友達にもなるわ。そういう存在も必要ね。よく分からない場所では、味方は多ければ多いほうが良いに決まってる」
***
黒髪のその少女は、作務衣を着ていた。
ユウキとリリーに伴われてやってきた侑子を前にした四人の感情は、共通して驚きだった。
「はじめまして。五十嵐侑子です」
とりあえず名乗ればいいのだろうか。侑子は自分に注目が向くことが、苦手だった。尻すぼみに小さくなっていく声を止められない。
四人とも侑子より年上のようだ。ユウキの幼馴染ということだから、当然だろう。
「えっと。はじめまして。私はミサキ・スズカ。よろしくね、ユーコちゃん」
視線をどこに定めたらいいのか分からず、下を向きそうになった侑子の手が、柔らかい手に包まれた。スズカがにっこり微笑みながら、侑子を覗き込んでいる。
「ユーコちゃんは何歳なの?」
「十三歳です」
「うちの妹と同じだ。やっぱりね。それくらいかなぁと思ったの」
よろしくね、とスズカは微笑んだ。顔を上げた侑子が、その言葉に少しほっとして表情をゆるめると、他の三人も順番に名乗っていった。
「彼女は並行世界からやってきたんだ」
侑子と友人たちが一通り言葉を交わし終えたところで、ユウキが告げた。
その説明に四人は再び固まったが、数秒の沈黙の後に、ええっと声を上げたのはアオイだった。
「えっ! ま、まじ? そんな……え! えー。本当にいるんだ? 並行世界から来る人って」
もじゃもじゃの前髪がかかる瞳の色は狐色で、侑子は自分を無遠慮に見つめてくる視線に、落ち着きの無さを感じつつ、自分の方も珍しい色の瞳を観察していた。
この世界に来てから随分大胆になった気がするが、それくらいの変化を起こさないと、次から次へと押し寄せてくる新常識についていけなくなりそうだった。
「……驚いた」
翡翠色の髪色には侑子はもはや驚かなかったが、そんな毛髪の主は、大いにたまげているようだ。先程親しげに声をかけてくれたスズカも、その隣でずっと神妙な顔をしていたミツキも同様だった。
「約束を忘れるなよ」
ユウキの念を押すような凄味の効く一言に、四人ははっとして頷く。
「ユーコちゃんは、一昨日この世界に来たばかりなの。本当よ。私の部屋とユーコちゃんの世界が繋がったの」
リリーの言葉に、四人はぎょっとした。
「……今は繋がってないわ。ユーコちゃんはジロウさんの家で保護することになった。透証がないと色々支障があるから、今エイマンに頼んで発行してもらってるところ。ユーコちゃんのことは、ジロウさんとエイマンと、ここにいる皆しかまだ知らないから。隠しておくことでもないけれど、あまり触れ回らないようにお願いね」
リリーの言葉に四人は頷いた。
透証という言葉に、現実味が増す。国から発行される公的な身分証明証を持つことができるということは、並行世界からやってきたというこの少女が、夢物語の登場人物でもなければ、ユウキとリリーが大掛かりな冗談を仕掛けているわけでもないということだ。
「ユーコちゃんに、この世界を好きになってもらいたい。知らないことばかりで怖い思いもしてるし、仲良くしてあげてほしいんだ。お前たちなら、大丈夫だって思ってるから」
柔らかく響くユウキの声に、ミツキが僅かに目を見開いた。
こんなにも深く、想いのこもった優しい声音を出せるのか。他の友人たちは気づいただろうか。確かに違う。ミツキには、その変化はよく分かった。
「よろしくおねがいします」
深々と頭をたれた黒髪の少女を、ミツキは複雑な思いで見つめていた。
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