針と糸③

 その後、石や雑草など持つものを変えて試してみたが、どれも効果を出すことはできなかった。


侑子の手に光の粒が現れることはなかったし、身体の中を巡っているらしい魔力が動く感覚もなかった。


「やっぱり私、魔法使えないんですかね」


 一生懸命アドバイスをくれるリリーとノマに申し訳なくなってきて、侑子は自然と声が小さくなった。


 夏の日差しの中、三人ともじわじわと汗ばんできている。

 日除けにとノマが組み立ててくれた大きなタープに守られながら、三人は氷を浮かべたグラスに麦茶を注ぎ、休憩しているところだった。


「気にすることないわよ。魔力があるのは確かなんだから、使えないってことはないと思うの。今まで使ったことがないから、身体の方が魔力の放出の仕方を知らないだけよ。きっと」


 レジャーシートの上に投げ出した足を組みながら、リリーは元気づけるように侑子の肩を叩いた。


「私だって、やろうとしたこともないのに、突然バク宙してみろって言われたって無理よ。それと同じじゃない」


「そうですよ。それに魔法が使えなくても、案外困らないものです。さあ、どうぞ」


 穏やかな口調で微笑んだノマは、小さな重箱の中から、植物の葉で包んだ丸いものを取り出すと侑子に勧めた。


「私が作ったんですよ。魔法は使わずに、手だけで」


 にっこりと笑うノマに手渡されたものは、大きな笹の葉で包まれている。そっと葉を広げてみると、中にあったのは緑色の丸い草餅のようだった。


「わ! ノマさんの笹団子! やったー!」


 リリーは大喜びで頬張り始める。侑子も一口、齧ってみた。


「美味しい……!」


 柔らかく口あたりの優しい餅と、中の漉餡がなめらかに解けて、口中に甘みが広がっていく。瑞々しさを感じる若葉の香りが鼻から抜け、侑子は思わず口元をほころばせた。


「お口に合いましたか?」


「とっても美味しいです!」


 ぺろりと一個を平らげると、ノマは「たくさんありますから」と次をすすめてくる。


「ノマさんが作ったんですか?」


「そうですよ。ジロウさんもお料理上手ですが、私も調理は好きなんです。特にお菓子作りは楽しいですね。この笹団子は祖母から母に、母から私にと代々教え継がれてきた、我が家の味なんです」


「これ本当に絶品よね」


 三個目の最後の一口を口に放り込みながら、リリーは笑った。


「教え継がれる料理は、魔法で伝えることができません。母も祖母もそのまた母も、ずっと手で作り口で教え、一緒に作ることで伝えてきたのです。材料を揃えるために山に入り、手で笹の葉や蓬を取り、手で汲んだ水を鍋で沸かすのです」


 重箱に綺麗に並べられた団子を、ノマは愛おしそうに眺めた。


「その工程に魔法は必要ないのです。なくても人を喜ばせ、笑顔に変えることはできるのですよ」


「そうね」


 ごちそうさま、と手を合わせたリリーが強く頷いた。


「魔法がなくても、そんなに困らないわね。これはジロウさんの受け売りだけど、美味しいもの食べられて笑っていられれば、大抵のことは大丈夫よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る