針と糸②

 リリーに伴われて練習場所としてやってきたのは、何もない空き地だった。


昨日彼女は「うちの畑」と話していたので、ここは元々何か作物を育てていた場所なのだろう。

しかし今侑子の足元には、ただの茶色の土のままの地面が広がり、所々に小さな雑草が生えるばかりだった。


「まずは基本的な“物質変換”からやってみましょうか」


 リリーはそう言うと、足元の土を一掴み手にする。「見てて」と侑子に告げ、ほんの数秒その土に視線を注いだ。

すると侑子にも見覚えのある光の粒が現れ、あっという間にリリーの手の中を覆い隠してしまう。そして土が全く見えなくなるとすぐに粒は弾け飛び、そこに真ん丸の白い玉が出現していた。


「これ、魔力を注入する前の魔石に使ってるの。魔石を自作するときには、まずこうやって魔石の器となるものを準備するんだけど、私は土から作ってるのよ」


「さっきまで、ただの土でしたよね」


 侑子は白い玉を手にとって見つめた。確かに自転車に嵌っていた黄色の魔石を始め、今まで目にしてきた魔石とほぼ同じ大きさだった。固く、つややかな表面は、土の形も色もとどめていない。


「土を空っぽの魔石に物質変換させたの。何かを他の物質に変える魔法……これが魔法を使いこなすための、基本中の基本。学校に入りたての子供たちが、まず練習する実践魔法がこれよ」


「そうなんですか」


 侑子は目を丸くした。


「基本中の基本なんですか。これが」


「学校に入学する前から、できている子も多いわ」


「……できるかなぁ」


「魔石を作ろうとしなくてもいいのよ。とりあえず頭で具体的に思い描けるものに、変換させてみましょう」


 侑子はリリーがやったように、足元の柔らかそうな土を一握り手に取ってみた。

賢一の家で畑仕事を手伝ったことがあったが、その時に触った土の感触を思い出した。


「目は瞑らないで……。慣れてきてそっちのほうがやりやすかったら、瞑ってもいいけど。それまでは変換させる対象を、しっかり見た方がいいの」


「魔力は血と同じように身体の中を隅々まで巡り、循環するものです。その循環の流れを変えて、土を持つ手のひらへ注ぎ込むイメージを持ってください」


 少し離れたところで見守っていたノマも、背後から助言してくれる。


侑子は二人の説明の通りに集中した。


 しかし――――


 侑子が掴んだ土は、いくら経ってもその形を変えることはなかった。

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