第17話 針と糸

 翌日、侑子は前を走るノマに続いて、自転車を漕いでいた。


 ハンドルの中心に黄色い魔石がほんのり光る自転車は、確かにペダルが軽く、足に負荷をかけずに漕ぐことができた。


 爽やかな朝の風を受けながら走った。


「終わったら、すぐにそっちに行くから」


 そう告げたユウキは今日は学校へ、ジロウも変身館へ出勤だった。


 昨日リリーの家で魔法を教えてもらう約束をした侑子は、ノマと共に彼女の家へと向かっているところである。


 侑子にはまだこの世界はもちろん、この街の広さや、土地勘すらなかった。

ジロウの屋敷から変身館までが徒歩で十分程の近さで、ユウキと出会った噴水広場は自転車で二十分ということしか知らない。


 自力で歩いたリリーの家から噴水広場までは、かかった時間から考えると、かなりの距離があったように思えるのだが、本当はそんなに離れていなさそうだ。エイマンをまくために、やたらぐるぐると同じ場所を細かく動いてしまったのだろう。


 自転車を走らせて程なくすると、見覚えのある畑の畝が目に入るようになってきた。


「着きましたよ。こちらがリリーさんのお宅です」


 自転車を降りた侑子が、門にかかる大理石の立派な表札を見ると、「たいら」という字が明朝体で彫られていた。


 記憶の通りの、大きな日本家屋だった。門の先から玄関までの間には、形を整えられた松の大木が生え、その横には整えた岩で囲われた池が見える。


侑子が昨日逃げ出した広い庭園とは景色が違うので、あの場所はまた別のところにあるのだろう。


「すごく大きなお屋敷なんですね」


「リリーさんの一族は、古くから養蚕業を営まれていたお家なんですよ」


 玄関先で二人で靴を脱いでいると、リリーが出迎えに来てくれる。

今日は紺色の作務衣を身につけ、高い位置でポニーテールにしていた。


「いらっしゃい、ユーコちゃん。ノマさんも。まずはお茶でも飲んで、涼みましょう。今日も暑くなりそうだわ」


「お邪魔します。リリーさん、作務衣ですか。気合が入っていますねぇ」


「魔法練習といえばこの格好よね」


 聞けば学生達が野外で魔法の実習授業を行う場合、作務衣を着るものなのだという。侑子も寺で僧侶が外仕事をしている時に見たことはあったが、二人の説明を聞くと、この世界の学生にとってはジャージや体育着のようなものなのだろうか。


 侑子も折角だからと勧められ、ノマにリリーと同じ色の作務衣を出してもらい着替えた。身につけたのは初めてだったが、着心地よく動きやすそうだった。


「形から入るのも大切よ。それじゃあユーコちゃん、頑張りましょうか」


「はい! よろしくおねがいします」


 外紐をぎゅっと結んで、侑子はリリーに頭を下げた。

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