歌声②

 腰に巻く長い衣だけが、ユウキの昨日の衣装と同じだった。その他は昼間着ていたTシャツとジーンズで、髪もそのままだ。黒い眼鏡は外していたので、素顔がよく見える。


 舞台袖からユウキが出てくると、下半身のガラスの鱗がスポットライトに照らされて、キラキラと輝いた。


 昨日は化粧と髪型の効果も手伝い、性別すら曖昧な別人に見えたけれど、今ステージに立つのは、紛れもなく一人の男だった。


 唇が動き、息を吸い込むのが分かった。


 何の合図もなかったが、ユウキの声が聞こえるのと寸分違わず、リリーの白い指が鍵盤を叩く。


 音楽が始まった。




 楽器はピアノだけ。


 そして全く激しい曲調ではないのに、歌うユウキが戦っている人にしか見えないのは、なぜなのだろうか。


 侑子は自分の呼吸の音すら邪魔に感じて、息を潜めていた。


 いままで見たことのある歌う人とは、全く違う。

咆哮する激しい顔で、彼が音を奏でるからだろうか。


 観客の方を見つめているようで、もっと大きく、遠いものを見据えるような、鋭い目つきのせいだろうか。


 それともやはり、その声のせいだろうか。


 ユウキの歌声は不思議だった。


 変身館では、“才”を使わないという話は聞いていた。それは侑子にも分かった。確かに昨日の歌声と違って、ユウキだけの声である。


 きっと音楽的に説明すると、ものすごく広い音域を操れるということなのだろう。喋っている時よりもずっと低い、地を揺らすような低音を出したかと思うと、直後にソプラノ歌手さながらの美しいファルセットまで。


 ユウキは自在に操った。 


“才”は使っていないはずなのに、まるで二人も三人も一緒に歌っているみたいだった。

目を閉じて聴いていたら、複数の人が交互に歌っているのかと、錯覚するだろう。だけど確かにステージで歌っているのは、ユウキ一人だけなのだ。


 そんな彼は、昨日の噴水広場ではゆったりした雰囲気で、時には甘い表情を浮かべて歌っていたのに、今は切羽詰まる表情だ。

怒りすら感じさせる、燃える瞳をしていた。


 静寂が訪れて、一つの曲が終わったことを客に告げる。


 拍手と歓声が起こると、ユウキはその時初めて破顔した。こめかみに流れ落ちる、汗の筋が見える。


 そのまま拍手が収まると、すぐに次の曲の開始を告げるピアノが、軽やかな旋律を奏で始めた。


 ユウキは一瞬瞼を閉じ、すぐ再び戦士の表情に戻っていった。

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