再会⑤

 商店街を歩きながら、侑子は考えていた。


 本当に自分がこのまま元の世界に戻れず、ここで一生を過ごすことになるとしたら、真剣にこの場所で生きていく術を身につけるべきだ。


 さしあたり必要なのは、この世界での一般常識を知ることだろう――幸い話し言葉は通じるが、書き言葉はどうだろうか。


街中で見かける文字は、ひらがな・カタカナ・漢字といった、一般的な日本語で使われる文字が多いようだった。


一方でアルファベッドで構成される単語は、侑子でも知っている英単語もあったが、見慣れない単語もあった。そしてどこの国のものか分からない文字も、たまに見かける。


 そして魔法だ。

まだ実感がわかないが、魔法は誰もが使えて当たり前のようだし、侑子も身に着けたほうが良い能力なのは間違いなさそうだ。

早速明日から、リリーの家での魔法練習を始めようという話がまとまったので、侑子は密かに気合を入れていた。


――それからお金のことも知らなくちゃ。学校も、どうすればいいのかなぁ。魔法が使えないと、通うのも難しいのかな。そもそもどういう教育システムなんだろう。ユウキちゃんは義務教育は十八歳までとか言ってたし


 考えることはたくさんある。

気が遠くなりそうだが、あれこれ現実的な考えで頭がいっぱいなうちは、感傷的にならなくて済む。


 侑子は思案しながら、前を歩くリリーの背中をただなんとなくついていった。


が、突然隣のユウキに腕をひいて、足を止められた。


「ユーコちゃん、これだよ」


 足を止めたのは、服飾品を扱う小さな店先だった。髪飾りやアクセサリーなどの細々したものが、細い通路の両側に所狭しと並んでいる。


 ユウキが示したのは、大通りに一番近い陳列棚の一角だった。


侑子が注目すると、その場所に商品説明のポップが添えられているのが分かった。記されている文字を見てみると、『防視効果付加済み! あなたの秘密を守ります』と書いてある。


「防視効果……って書いてある。この布と同じ便利グッズってこと?」


「その通り。どれでも同じだよ。形は色々あるから、好きなもの選んで」


 侑子は自分の身体を守るように巻き付けた布を見た。そして目の前の商品に目を移す。


 イヤリングや指輪、ネックレス、シュシュやバレッタなど、形状もバラバラだし、素材も金属から布まで様々だった。今侑子が身につけているものと一番近いのは、ストールだろう。


「なるほどね。確かにユーコちゃんは、身につけておいたほうがいいわ」


 リリーがうなずいている。


「どれもこの布と同じように、魔力を隠してくれるんですか?」


「そうよ。小さすぎて心配してる? 大丈夫。効果は道具そのものの大きさの問題ではないのよ。この道具から発生させるベールみたいな魔法が、魔力を外側から見えないようにする魔道具なの」


「へぇ。そうなんだ……魔法の道具かぁ」


 魔法の道具、という響きは大層ファンシーに聞こえたが、目の前の魔道具は侑子から見てもかなり実用的なデザインだった。

指輪やイヤリングは、昨日ユウキ身につけていた物より大分シンプルなものだし、シュシュに至っては、侑子のいた世界の店先においてあっても違和感はないだろう。


「気になるものは御座いましたか?」


 店の奥から店員がやってきた。藍染めの作務衣を身に着けた、細身の中年男性だった。


「指輪やバングルはサイズ調整しますから、お気軽にお試しくださいね」


 にこりと親しみやすい笑みを受け、侑子もつられるように笑顔になる。


「これ皆お兄さんが作ったものなの?」


 ユウキの問いに店員は首をふる。


「いや、うちの嫁さんが作ったものですよ。僕はあまり器用じゃなくて。接客担当です」


「シンプルで使いやすそうね。魔力の歪みもない。奥様は腕の良い職人さんなのね」


「ありがとうございます」


 リリーは指輪の一つを手に乗せて、観察している。金色の金属だけで真円を描くその指輪は、小さいけれど鋭い光を放っていた。


「魔道具にも魔力が宿っているのよ。作り手のね。作り手が魔力の微調整が上手であればあるほど、こういう道具の効果は高まるの。そういう状態を、魔力の歪がないって言うのよ。ユーコちゃんも魔力が見えるようになったら、きっと理解できると思う。ここの魔道具、どれも魔力が綺麗にたくさん入ってる。きっと上手に隠してくれるわ」


 リリーが小声で侑子に教えてくれた。

侑子はその説明を聞きながら、一つ一つの魔道具を、じっくり観察してみる。店内の照明を受けて輝く商品の方も、侑子のことを見つめ返してくるように感じたが、宿っている魔力というのはやはりよく分からなかった。


「これ綺麗だな……」


 身につけている時に目に入りやすくて、無くしづらい物のほうがいいだろう。


 そう考えた侑子は、銀に光る糸で編まれた、組紐のブレスレットを手に取った。


両手で顔の近くまで持っていくと、同じ銀色でも、微妙に色味の違う数種類の糸を組み合わせて編んであることが分かった。侑子もミサンガを編んだことがあったので分かったが、その中でも筒状に仕上がる編み方をしているようだ。どの角度からも、編み上がった模様が見えるのだ。

美しい銀のグラデーションが、控えめだが繊細な輝きを放っている。


「その腕輪は使いやすですよ。柔らかく軽量ですし、サイズ調節もしやすいです。結び目の左右の糸端を引っ張ると輪が細くなって、中心の結び目を抑えながら輪を左右から引くと広がります」


 店員が侑子の左腕に装着させ、調節方法を説明してくれた。


「いいね。ユーコちゃんの肌に合う色だ。お兄さん、これください」


 即決だ。ユウキは数枚の硬貨を店員に渡すと、ニコニコしながら侑子の腕を取ってブレスレットを眺めた。


「本当に魔力の歪がない。バッチリ」


「あの、本当に買ってもらってよかったの? ありがとう……。いくらだったのか分からなかったけど、高いものじゃなかった?」


 おずおずと訊ねる侑子に、ユウキは肩を揺らして笑った。


「子供がそんなこと気にするんじゃないよ。ちゃんと支払えてたでしょ?」


「まぁ。自分だってまだお子様のくせに、偉そうなこと言っちゃって」


 リリーが吹き出した。横目で軽く睨まれた彼女は、ふふっと再び笑った。


「ごめんごめん。でも私から見たら、まだまだ若いのは間違いないから、ね」


「リリーだってまだ二十六じゃん。まだ若者でしょ」


「ありがとう。普通に嬉しい」


 三人は再び歩きだした。


 気温が上がってきたので、侑子はワンピースの上から身体を覆っていた衣を脱いでみた。


防視効果とやらがついた魔法の道具を身に着けているので、本当に自分の魔力が見えないようになっているのか、ユウキとリリーに確認もしてもらいたかった。


「ちゃんと見えなくなってるよ」


「うん。ちっとも。かけらすら見えない。やっぱり良い魔道具だったわね。――素敵なワンピース。それ。ノマさんが作ったもの?」


 リリーが目を細めて侑子の菫色のワンピースを褒めた。


「多分、そうです。綺麗ですよね」


 うんうん、と強くうなずきながら、リリーは口を開いた。


「ノマさんはお裁縫とっても上手なのよ。私も小さい頃からよく作ってもらってた」


「お裁縫上手なことと、魔法で洋服を出すのは、何か関係があるんですか?」


 侑子は引っかかった疑問を口にした。確か昨夜ノマは魔法でワンピースを出現させた。今着ているこのワンピースだって、おそらくそうだろう。


「そうよ。魔法で何かを作り出すときには、作り出すものが大体どういう構造をしてるとか、何からできているのかとか、そういうことを知っていないとできないの。熟知していればしている程、想像通りの物が、高い完成度で出来る。魔法ってそういうものよ」


「そうなんだ……」


 もっと単純に頭で唱えれば、ぱっと出現させられるものなのかと考えていた。


侑子が魔法という言葉と共にイメージしていたものより、実際にはもう少し複雑なのかも知れない。


「魔力属性に最も近い形で、構造が単純なものほど簡単に扱えるの。物質の構造なんて理解していない小さな子供でも、指先に水滴を出したり、小さな火花を散らして遊ぶことはできるのよ」


 七歳になって学校に入学するようになると、少しずつ複雑な魔法を習得するようになるのだという。そのために世界にあふれる物質の構造や、働き方を学ぶそうだ。


「服を魔法で作り出すことが上手な人は、お裁縫で服を作っても、上手に仕立てられる。もちろん時間はかかるけれどね。さっきの魔道具屋さんの職人も、実際に手と道具だけで素敵な品物を作れるはずね」


「なるほど。あぁ、だからユウキちゃんは、膝の怪我を魔法で治すことはできないって言ってたんだね」


 侑子は新しい絆創膏を貼った自分の膝を見下ろした。

昨日手当をしてくれた時に、ユウキは「治癒には詳しくない」と言っていた。


「怪我の治療を魔法でするのも、医療の知識を持ってないとできないってことなのかな」


「ピンポン。そういうこと」


 ユウキが笑った。


「詳しく説明するとね、例えばユーコちゃんのかすり傷は、皮膚の状態がこうだから、治すためには皮膚を構成している物質があれとこれで、それを新しくするには、こういう物質が必要だからこの物質を新しく生み出して、くっつけるにはこうする――っていう、ちょっと小難しい知識の層を、頭の中で組み立てないといけないんだ。魔力で考えを混ぜ合わせてから、表面化させるんだよ。俺そういう分野、苦手なんだ。学校でも簡単な応急処置は習うんだけど」


 なかなか覚えられなくて、と苦笑いした。


 漠然と手品のようなものと認識していた魔法の実態が、少しだけ見えた気がして、侑子はぼんやりしていたこの世界の輪郭をなぞることもできそうだと感じた。

 

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