再会③
所々で話者を交代しながら、侑子がこの世界へのドアを開けてから今に至るまでの話が、一段落する。
エイマンが一番始めに口を開いた。
「本当にすまない。想像以上に怖がらせてしまったようだね」
再び自分に向かって頭を垂れようとする青年を、侑子は慌てて止めた。説明の中で既に何度もそうされていたのだった。
「いいんです。何も聞こうとしないまま逃げたのは、私なんだから」
「でも私のせいで怪我までさせていたなんて、本当に申し訳なくて……」
「かすり傷ですから。それに、ユウキちゃんが手当してくれました。本当に大丈夫です」
この世界での心配事が一つ解消されたことの方が、侑子にとっては重要だった。
聞けばエイマンは、昨日逃げるように去ってしまった侑子を心配したリリーからの依頼で、保護するべく探していたとのことだった。
ユウキが既に説明してくれたように、侑子の魔力は無色透明。その稀有な特徴を頼りに、街中探し回っていたのだという。
「先程ジロウさんが、私のことを政治家のはしくれだと紹介していたが、正確には違う。確かに私の父は現政権与党の党員だが、私自身は党員ではない。たまに雑務の手伝いをさせられはするが、それだけだ。リリーとは親同士が学生時代の友人で、その延長で昔から付き合いがある。それとは別に、彼女のファンでもあるんだがね」
堅い話し方だが、表情は柔らかく、優しい印象を与える人物だった。
そんなエイマンの言葉を引き継ぐように、リリーが口を開いた。
「私、歌歌いなのよ。変身館で専属契約してて、ほぼ毎晩歌いに来てるの。ユーコちゃん、あなたがドアを開けて入ってきたのは、私の部屋ね。びっくりしたけど……あなたが家を飛び出していってしまってから、すぐにピンときた。並行世界か……って。それですぐにエイマンに連絡したのよ。こいつ並行世界オタクだから、詳しいはずだと思って」
“歌歌い”というのは職業名称のことで、歌手やシンガーのことだと、ユウキの説明から侑子は見当をつけた。
ユウキが目指す職業もそれだという。
「オタクって……否定はしないが。個人的に興味があって、普通の人よりは知識も持っている自負はある。父の仕事も仕事だから、情報も手に入れやすい」
「そうなんですか?」
侑子は期待を込めた視線をエイマンに送りながら、無意識に身体が前のめりになった。
「じゃあ、私の他にも並行世界からやってきた人を知ってます?」
申し訳無さそうに、エイマンは表情を曇らせた。
「……すまない。それは私も知らないんだ。私が直接会うことができた並行世界からの人間は、ユーコさん、君が初めてなんだよ」
「そうですか……本当に珍しいんですね」
肩を落とす侑子を励ますような優しい視線を、エイマンは送った。
「父は若い頃、君と同じ世界から来た男性と、友人同士だったんだ。向こうの世界について、色々なことを聞かせてくれたそうだよ。その話を聞いてから、並行世界とはどのような場所なのだろうと、興味を持ったんだ」
「そうなんですね。その人は今、どうしているんですか?」
侑子の何気ない問に、エイマンははっとして、みるみる眉間にシワを寄せてしまった。
「……亡くなったんだ。突然のことだったらしい……」
場が凍りついたように、全員が押し黙った。
侑子は今更思い当たった絶望的な可能性に、頭を強打された気分だった。
「死んだの……この世界で」
侑子と同じように、この世界に迷いこんだ誰か。
時代は違っても、自分と同じ世界を生きてきた誰か。
その人はどれくらいの期間を、この世界で生きてきたのだろう。そして元いた世界へ戻ることなく、迷い込んだ世界の中で、人生を終えたのだ。
なぜ今の今まで、思い至らなかったのか。
元の場所へ戻れないかもしれない可能性について。
いや、どこかでその可能性を感じつつ、考えることすら拒否して、忘れていたのかもしれない。しかし今目の前にその現実が実際に広がっていることに、目を逸らさずにはいられなくなってしまった。
――これから死ぬまでの時間を、この世界で生きるしかないのだという現実を
「……来れたって、帰れるとは誰も言ってないですもんね」
来れるとも誰も言ってなかったのだ。
不可解な現実は、どこまでも不可解なはずだ。
唐突に左手が強く温かいものに包み込まれた。
侑子の手を見えなくなるほどすっぽり隠したそれは、ユウキの手だった。
「とりあえず、ユーコちゃんの透証がほしいんだけど。エイマンさん、諸々の手続きお願いできるかな」
沈黙を破った声は、空気を裂くように凛と響く。
エイマンは強く頷いた。
「ああ、任せてくれ。すぐに準備できると思う」
「頼むな、エイマンくん。役所で一から事情説明するより、君のほうが早そうだと思ってね」
「その判断は正解ですよ。私なら無駄な中継連絡も必要ない。……ユーコさん」
エイマンは侑子に語りかけた。
「気遣いもできず、重ね重ね申し訳ない。君が不自由なく過ごせるためにできることがあれば、遠慮なく申し付けてほしい」
「ありがとうございます」
誠実な人物なのだろう。侑子も素直に頷けた。
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