透明な魔力②

「おはよう、ユーコちゃん!」


 ダイニングルームに行くと、キッチンからジロウの声が聞こえた。


「ゆっくり眠れた?」


「はい。とてもぐっすりでした」


「それは良かった。うん、よく眠れたって顔してるな」


 食卓に運ばれていく朝食は、やはり侑子にも馴染みのあるものばかりだ。


白米は茶碗によそわれているし、お椀に注がれた液体は、味噌汁で間違いないだろう。切り身になった魚も鮭だった。


「今朝のメニューはどう? 見たことないものはある?」


 配膳を手伝う侑子は、頭をふった。


「びっくりするくらい、知っている献立です。とても美味しそう」


「そうかそうか。良かった。どうやら食文化に大きな違いはなさそうだな。そこが全く違ったら、大問題だ。人間衣食住のどれかが欠けても苦労するものだが、中でも食は最重要だから」


 四人分の朝食がテーブルに整ったところで、ジロウが左手につけた腕時計に呼びかけた。


「ユウキ、ノマさん。朝ごはんだよー」


 その一連の仕草に、侑子はその腕時計がスマートフォンのようなものかと予想をたてた。


魔法ばかり見てきたが、この世界にも電子機器が存在する可能性は、大いにあるだろう。


「それは、ええと、離れた場所にいる人と、通信するための機械ですか?」


 スマートフォンという単語が通じるかは定かではなかったので、簡単な言葉に置き換えて侑子は訊いた。


ジロウはニッと笑うと、腕時計を外して、侑子に手渡してくれる。


バンド部分はよくある腕時計の革バンドだったが、フェイスは時計ではなく、ただの透明な平べったいレンズだった。

直径三センチほどで無色、向こう側は透けて見える。


「そういう使い方もできる。けどそれだけじゃないんだ。これはヒノクニの国民にとって、身分証明書の役割も果たす、とても重要なもの――常に携帯しておくことが、推奨されているものなんだよ。一言で言えば、身分証に色々な便利機能がついたようなものさ。地図のように働いて、どこにいても自宅まで迷わず帰ることができる機能があったり、今みたいに物理的に離れた場所にいる人に連絡することもできる。どんな機能を使うかは、持ち主が好きに取捨選択することができるんだ」


 侑子は自分の立てた予想が、少なからず当たっていたことに驚いていた。見た目は異なるけれど、説明だけ聞けば、まるでスマートフォンではないか。


 そのことを伝えると、ジロウも驚いた顔をする。


「魔法がない世界にも、そんな道具があるのか。ユーコちゃんのいた世界は、魔法でできないことを人の手だけで実現する、高度な科学技術の世界なんだな……」


「でも完全に同じ道具ではないですよ。あくまで私の世界にあったスマートフォンは通信道具だし、身分証として使うことはできません。持っていない人だって普通にいます。それにこんなにコンパクトじゃない」


 ジロウに腕時計型のそれを返却しながら、「名称はなんて言うんですか?」と訊ねる。


透証とうしょうと言うんだ。この透明な部分だけな。形は色々あるんだよ。小さな玉っころに穴があいた形状とか――そういう形のものは、紐を通して持ち歩く人が多い。丸ごと指輪の形にして身につける人も多いよ」

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