ジロウの屋敷④

 浴室のドアを開けた侑子は、その先に広がる風景が屋外であることが分かった瞬間、びっくりして脱衣所へ一度後退した。


 しかし再びゆっくりドアをスライドさせて確認すると、目の前の浴室は大きな窓と透明な天井をしつらえた、屋内であることが分かった。


 窓の外は白い玉砂利が輝く小さな庭園で、所々に細い笹が植えてある。

その空間は丈の高い塀でぐるりと囲ってあり、外からの視線は完全に遮られるようになっているようだった。


 しかし侑子は落ち着かなかった。天井があるとはいえ透明で、そのガラス天井は、境界が曖昧なほど透き通っているのだった。照明が反射して白く光らなければ、境目があることに気づかなかっただろう。


 洗い場や浴槽は石造りのようで、勝手は侑子の知っているものと変わらないようで安心した。ユウキやノマのように手を翳して魔法を使わないと、シャワーも使えなかったらどうしようと、うっすら不安だったのだ。


 シャンプーやリンスの容器は透明で、ポンプ上部に浮かび上がる不思議な文字で中身が記されてたので、用途を間違えることもなかった。


 ハーブと柑橘の爽やかな香りの石鹸で全身を洗い終えると、侑子は湯船へと向かった。たっぷりの濁り湯が、侑子を迎え入れる。


 ほうっと大きく息を吐き出すと、一日の緊張と疲れが吐き出されていく。


星空のもとで侑子は少しずつ睡魔の手招きを感じ、いけないと頭を軽く振って湯船を後にした。





 脱衣所を出て先ほど案内された部屋へ侑子が戻ると、ノマはベッドメイキングの最中だった。


「ゆっくりご入浴できましたか?」


 気にする様子は、思いの外侑子が早く部屋に戻ってきたからだろう。遠慮して手早く済ませたのではないだろうかと、思わせてしまったようだ。


「とても気持ちよかったです。あのまま入っていたら、きっと眠り込んじゃいます」


 笑顔の侑子にノマも笑顔を返す。


 彼女は侑子から制服を預かると、ハンガーにかけてくれた。


「お着替えの方はどうですか? 着心地が悪かったら別のものを準備するので、遠慮なく仰ってくださいね」


「いえ、大丈夫です。ちょうどいいです」


 侑子は大きく首を振った。


ノマの丁重で細やかな心遣いに、つい恐縮してしまう。

彼女は侑子よりも随分年上の女性だし、母親程の年格好の人に、こんな風に接されるのは慣れていなかった。


 それに侑子の返答に偽りはなかった。ノマが先ほど侑子にと出現させた服は、薄紅色のワンピースで、Aラインを描きながら下に向かって滑らかなドレープを効かせた、可愛らしいものだった。

サイズも侑子にぴったりだったし、ワンピースと同時に準備してくれたのであろう下着も、身体に合うもので不快感は皆無だった。


「それは良かった」と嬉しそうに頷くノマは、手際よくお茶を用意してくれる。


「ご夕食の準備が整いましたら、またお声掛けに参りますね」


 おくつろぎください。と添えて、ノマは美しい所作で部屋を出ていった。

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