ジロウの屋敷③

 ほっとして室内へ入ると、い草の香りが鼻をくすぐった。


 ノマがゆっくりと右手を胸元まで上げて、軽く握っていた指を花開くようにして広げると、室内が明るくなる。

天井から釣り下がる照明に、灯りが灯されたのだ。


  室内は侑子の自室より一回り広い。数寄屋造りの和室だった。


青々とした畳が敷き詰められており、片隅にはベッドが置かれ、奥には旅館のような広縁がある。その場所に小さなテーブルと、向かい合う二脚の椅子が据えられていた。


 ベッドの側には丸いフォルムの行灯があり、いつの間にか火が灯っている。

ゆらゆらと揺れるその光は小さいが確かに炎で、行灯を形作る薄い和紙の上に描かれた花々のシルエットを、部屋の壁に写し出していた。


――これも魔法なのかな


 行灯の上部は開いているので、そこから炎を覗き込んでみた。


揺らめく明かりの正体はやはり小さな炎だったが、侑子の期待を裏切らずに、不可解な現象がそこに起こっていた。


 侑子の知る炎は、必ず炎の根本に蝋燭やトーチなどの物体があるものだった。しかし侑子が今行灯のなかに目撃しているのは、行灯の中央でふわふわと浮遊している炎だけなのだった。


――まるで火の玉みたい……火の玉なんて見たことないけど


 そしてその小さな火の玉から僅かに下部、行灯の底の部分に、赤く丸い球体が輝いているのが目に入った。


それは自転車に嵌まっていた黄色の魔石の、色だけを取り替えたような見た目をしている。


「ユウコ様、お食事の前にご入浴されますか?」


 侑子が行灯に釘付けになっている間、ノマはそんな彼女の様子を少々気にしつつ、室内を整えてくれていたようだった。


「あっ。ありがとうございます。いいんでしょうか、お風呂いただいても……」


 先程一緒に夕飯をと言われたことを思い出した。侑子はおずおずと訊ねる。待たせることになっては、悪いのではなかろうか。そんな侑子を察したのか、ノマは穏やかに笑った。


「ご心配されなくても大丈夫ですよ。ユウキさんも、そのおつもりでしょう。疲れてらっしゃるとお聞きしました。どうぞ一息ついてくださいな」


 ノマは目の前の少女を眺めた。


自分に娘がいたら、これくらいの年の頃だろうか。


ユウキよりも幾分年は下だろう。珍しい素のままのような黒髪の少女は、焦げ茶色の瞳で、この色の瞳もあまり見ないとノマは思った。


 ノマは押し入れの中から、丸底の浅い籠を一つ取り出すと、その上に手を翳した。


 トスンと布の固まりが落ちる音がした。


空中から現れたのは、綺麗に畳まれた衣類だった。


「私の目算なので、ぴったりサイズとはいかないかも知れません。こちら、お着替えにお使いくださいね」


 一連のノマの魔法を凝視していた侑子の礼を述べる声は、僅かに裏返っていた。


「タオルは脱衣所にございますから。それでは、ご案内いたします」

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