並行世界②
「ユーコちゃん。よかったら、うちに来ない?」
青い衣装から元の姿に戻ったユウキが、ブローチを外して衣を返そうとする侑子を、押しとどめながら提案した。
「それは、そのまま着てていいよ。……ユーコちゃん、今どこにも行くところないでしょ。うちに来なよ」
侑子にとってその提案は、大変嬉しいものだった。
ユウキとの話が終わったら、どうしようかと、実は気を揉んでいたのだ。どんどん夜は更けていく。どこで夜を明かして、そしてその後どうするのか、侑子には全く見通しが立たなかった。
「いいの? すごく助かる……」
心底ほっとした表情を浮かべる少女に、ユウキはくつくつと笑った。
年齢の割には、随分賢そうで大人びた女の子だと思っていたが、ふとしたところに、年齢相応のあどけなさが表れる。
「当たり前。このままハイさよならって
、放り出すような冷血漢じゃないよ。それに安心して。俺だって、今から帰る家では一応居候だし、その家には家政婦さんもいるから、女の子でも安心して過ごせると思うよ」
「へえ。家政婦さんがいるようなおうちなんだ。お金持ちなんだね」
「俺じゃなくて、同居人がね」
ユウキの荷物は、大きなボストンバッグと、マリオネットを立たせるために使った、組立式の台だった。
魔法で消したりしないんだね、と呟くと、「流石に何でもかんでも、魔法に頼らないよ。魔力だって限りがあるし」と返される。
「これくらい、そんなに大変な荷物でもないしね。はい、ユーコちゃんは後ろに乗って。跨がれる?」
ユウキが示したのは、自転車の荷台部分だった。侑子の世界にもあったママチャリとほぼ同じ形だったが、ドロップハンドルの中心部分に、テニスボール大のぼんやりと光る黄色の球体が一つ、嵌め込んであった。
「これ自転車? 漕いで動かすんだよね?」
自分の知っている当たり前が、当たり前とは思うべからず。
そのことを受け入れきった侑子は、そろそろと荷台に跨がりながら訊ねた。
「ふっ……もちろん。俺が漕ぐよ」
悪びれなく笑うユウキだったが、侑子は腹を立てず、むしろつられて笑った。
ユウキに会えて、本当に良かったと思う。あんなに絶望で萎みきっていた心が、すっかり元の形へと、膨らんでいく。
「あ、でもユーコちゃんは知らないかも。これは魔石にちょっとだけ負荷を減らしてもらいながら動かせる、電動アシスト自転車なんだよ」
「電動アシスト自転車……? 魔石?」
聞き慣れた単語と、知らない単語の組み合わせに、再び首をかしげてしまった。
「ほらこれ、この真ん中にある丸いのが魔石。黄色っぽいでしょ。黄色いのは、電力を蓄積してる魔石。これを自転車にセットすることで、電力でペダルを漕ぐときに必要な動力を、少しだけ産み出すんだ。それによって、スイスイ軽く漕ぐことができる」
侑子はそっと、黄色の球体に触れてみた。
それはやはり、自らぼんやりと弱い輝きを灯していて、侑子の指を柔らかく照らした。触れた感触は、つるつるしていて、ガラス玉のようだった。
「電池みたいなものなのかな」
「でんち?」
「え。まさか電池を知らないの?」
「うーん。聞いたことないけど……」
また一つ、衝撃を受けてしまった。
侑子は電池をどう説明したらいいのか考え込んだ末に、元いた世界における黄色い魔石と同じようなものだという、不充分すぎる解説を絞り出した。
「ユーコちゃんの世界にも、魔石みたいなものがあるんだね」
「多分全然違うよ……。大体名前から予想はできるけど、魔石って何でできてるの?」
「そりゃあ魔力からだけど」
「ほらね!」
侑子は笑った。
この世界の不可解に出会う度、少し前まで恐怖に苛まれていたのに、今はこうして、笑い飛ばすことができる。
嬉しかった。
「それじゃあ、帰ろうか。ちゃんとつかまっててね」
侑子の笑顔が増えてきたことを、素直に嬉しいと感じる。
腰に回された腕のあたたかさを感じながら、ユウキはゆっくりとペダルを漕ぎ出した。
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