第12話 並行世界
侑子は時折言葉に詰まりながら、説明した。
自分の身に起こった、不可解な出来事について。
学校から帰った後、自室へと続くはずのドアを開けたら、知らない女の部屋へ繋がっていたこと。
再びドアの外へ出たら、そこは知らない家の廊下で、逃げるように庭から走り去ったこと。
ひたすら歩いて、途中でスーツ姿の男に追われて、がむしゃらに逃げたことを。
「……これも夢なんだと思ったけど、違うみたい」
硝子の鱗を見つめながら、締め括った。
ユウキはその間、なにも言葉を挟むことなく、侑子の声に耳を傾けていた。
「ユーコちゃんは、魔法を見たことは、なかった?」
侑子の話が終わったのだと分かるくらいの沈黙の後、ユウキが静かに質問した。
侑子は頷く。
「ないよ。本当にびっくりした。魔法どころか、目の中に虹が飛んでいる人も、カラフルな髪の色した人が沢山いるのも、見たことなかった。ユウキちゃんみたいな目の人だって……見たことなかった」
その言葉に、今度はユウキが驚いた。
「ユーコちゃんの周りには、黒い髪の人しかいなかったの?」
「そういう訳じゃないよ。染めて茶色や金髪にしている人は沢山いるし、珍しいけど、カラフルな人もいる。けど本当に珍しいっていうか……大体みんな黒とか茶色。もとから違う色の髪の人もいるけど、それも限られた色だけ」
「ふうん……。色々な“普通”が違うんだね、こっちとは」
顎に手を添えて、興味深いな、とユウキが呟いた。
「
「……今のユーコちゃんの話を聞いて、確信しちゃったんだけど。多分君は、並行世界から来たんじゃないのかなあ」
「はあ……?」
聞きなれない単語が、また出てきた。
侑子はそろそろ、脳のヒューズが飛ぶのではと思った。
「ユーコちゃんのいた、“魔法のない世界”と、今ユーコちゃんと俺のいる、“魔法のある世界”。この二つの世界は、普段は繋がりも持たず、お互いの存在を認識することもなく、存在している。けれどたまに二つの世界は繋がって、“魔法のない世界”から、“魔法のある世界”にやってくる人がいるんだよ」
ユウキは、ゆっくりとした口調で語る。
「滅多にないことだよ。あっちの世界から来た人を、実際に知ってるという人は、とても少ない。けれどそういうことがあるってことは、この世界で生きる人にとって、普通に知っていることなんだ」
言い終えたユウキは、肩を竦めて付け加える。
「……本当に珍しいんだよ。お伽噺と思ってる人も多いし、俺だってこう見えても、驚いてる」
お互いに、どこか困ったような視線を交わしていた。
ふっと、侑子が諦めたというように、声を出して短く笑った。
「もう、分かんないことばっかり。考えたって、どうしようもない気がしてきた」
先程のユウキのように、夜空を仰ぎ見る。
星が出ていることに、その時初めて気がついた。
――こちらの世界の夜空も、むこうと同じなのかな
小学校では、学校の七不思議をはじめとするホラーやオカルト話は、主に女子の間で盛り上がる、定番の話題だった。侑子だって、例外ではなかった。
放課後に友人と読んだ、子供向けオカルト雑誌に、パラレルワールドについて特集するページがあったことを、思い出す。
パラレルワールド。
それは自分が今存在している世界と同時に、別の時空の中で存在している世界のこと……そんな説明だったはずだ。
その雑誌には、午前零時ぴったりに大きな鏡の前で合わせ鏡をしながら、ある呪文を繰り返し唱えると、今いる世界とは別のパラレルワールドへ行くことができるという、胡散臭いコラムも載っていた。
当時の侑子は、間違えても絶対に夜中の洗面所で合わせ鏡をしないようにと、心に誓ったものだった。
異世界に突然迷い混むなんて、そんな恐ろしいことを興味本位でなんて、絶対やらない。この雑誌を書いた大人は、一体どういう神経で、こんな危険な情報を載せたのだろうとまで思った。
――午前零時に合わせ鏡で呪文を唱える……ね。そんなことしなくても、来れたってわけだ
小学生の自分の判断――うっかりパラレルワールドに迷いこまないように、気を付けること。それは間違っていなかった。
侑子は皮肉めいた考えを巡らせた。
不本意にも迷いこんだ挙げ句、確かにものすごく怖い思いをしたし、何年分の寿命が縮んだのか分からない程に、驚くことのオンパレードだ。
「ユーコちゃん、大丈夫?」
投げやりな笑みを浮かべて黙りこんだ侑子の隣から、心配そうな緑の目が覗き込む。
視線を合わせて、侑子は頷いた。
「大丈夫。ちょっと色々思い出したの。そういえば並行世界って言葉、聞いたことあったなって」
「へえ。ユーコちゃんの世界でも、こっちのことって認知されてるんだ?」
ユウキの意外そうな反応に、侑子は首を振った。
「多分、ユウキちゃんが思ってるような知られ方とは、大分違うよ。並行世界って単語だけならあるけど、実態なんて誰も知らない。本気で信じている人なんてほぼいないし、信じていたとしたら頭がおかしいと思われるから、黙ってる人しかいない……そんな感じ」
侑子は続けた。
「魔法も存在しないもん。手のひらに水を出す人もいないし、一秒で髪の毛を伸ばす人もいない」
「それはとても不便そうだね」
真面目に目を見開くユウキに、思わず「あはは」と笑い声をあげてしまった。深刻に思い詰めるのが、嫌になっていた。
そんな気分になっていたところに、ユウキのまっすぐ通る声が、明るく響いたのだ。
「なんでも作らないといけない世界だよ。靴も。服も。宝石なんて鉱脈を探し当てて、ひたすら磨かなきゃいけない」
「……俺は作るの好きって言ったけど、さすがにそこまで自分でやるのは、大変そうだね」
ユウキは眉根を下げて笑った。
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