第13話 ジロウの屋敷
二人のいた噴水広場からユウキの家までは、自転車をゆっくり漕いで二十分程だという。
侑子は揺られながら、一つ気になっていたことを訊いた。
「ユウキちゃんがさっき歌っていたのは、マザーグース?」
返答はなかなか返ってこなかった。
ユウキは「マザーグース?」と聞き返しただけだったので、侑子は先ほどの電池と同じパターンなのかと予測をつける。
でもあの詩は、確実にマザーグースのひとつのはずだ。
「『ねんねんころり……』や、『男の子は何でできてるの?』の詩のこと。私がいた世界ではあの詩のことを、マザーグースってまとめて指すの。イギリスの伝承童謡のことだよ」
「えっ。じゃあユーコちゃんは、あの歌を知ってたの? それは驚いたな……だけど、イギリスってのは? どこかの土地の名前?」
今度は侑子が驚く番だった。
なんてことだ。
この世界には、イギリスという国が存在しないのだ。
ということは、まさか。
「……ユウキちゃん、ちなみにこの国の名前は?」
驚きすぎないように、ユウキにしがみつく指に力を入れる。
「ヒノクニだよ。あ、もしかしてユーコちゃんの世界では、国の名前も違うのかな」
やっぱり。侑子は愕然とした。
「私のいた国は、日本というの。日本国。さっき言ったイギリスも、国の名前」
「そうなんだ。色々と驚くこと多いな。けどとても興味深い。ユーコちゃんの世界の話、もっと聞きたいよ」
ユウキの表情は見えない。
けれどきっと、あまり驚いた顔はしていないに違いない。軽い声音だった。
「ユウキちゃんが最後に唄った歌……あれは私の世界では、和歌という古いものなんだよ。マザーグースはイギリスのものだけど、和歌は日本の歌」
再びユウキの歌った詩についての話題に戻る。侑子の説明に、ユウキはへえと相槌を打った。
「あの歌は、この国に古くから伝わる歌の一つだよ。そこは共通してるんだね。ワカと言うのか……俺たちはただ、“歌”と呼ぶな。この国に古くから存在する歌には、精霊が宿っていると言われていて、声に出して唱えると、その精霊が喜ぶと伝えられているんだ。歌の意味と唱えるときの状況が合っている時には、尚更。その場に居合わせた人や歌を歌った人、贈られた人に、幸運が訪れるって言われてる。魔法のように目に見ないから、おまじないみたいなものだけど。いつも人前で曲芸をするときは、最後の締めに歌を謳うようにしてるんだ。観に来てくれたお客さんと、あわよくば自分にも、良いことが起こりますようにって願いを込めてね」
「言葉に宿る精霊……そこも似てる。日本には、言霊っていうのがあるよ。言葉一つ一つには霊が宿っていて、口に出した言葉通りに、物事が結果として表れるっていう言い伝え。お腹が痛くなったときに、痛くない痛くないって声に出すと本当に痛くなくなったり。テストで良い点を取りたいって思ったら、勉強するときに良い点を取るって唱え続ければ、結果に表れたりとかね」
侑子は説明しながら、思い出していた。
そういえば今朝雑草が消えた現象を見たときも、恐怖心を誤魔化すためにあれは錯覚だと言葉で唱えて、言霊にすがったのだ。
そういえばあの雑草は、なぜ消えたのだろう。
あの現象は本当は錯覚などではなくて、本当に起こっていたのではないのか。
侑子がこの並行世界へ迷い混む、前触れのようなものだったのではなかろうか――だとしたら、あの消えたエネコログサも、今頃この世界のどこかにあるのだろうか。
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