第49話 ドアのこちら側

「あぁ、これは。多分線がどこかいかれてるんですよ。あまり使ってないでしょ? 他の部屋」


 リリーの家の魔石ソケットは、主寝室から繋がる屋根裏にあった。


 かつて両親が使っていたその部屋は、今は誰の部屋でもなく、現在の家主であるリリーも魔石を交換する時にしか訪れない。


 なのでたまに覗くだけの屋根裏は常に埃っぽく、マスクをするなり口と鼻を覆わないと、後々面倒なことになるのだった。


 今その屋根裏で魔石ソケットの先、ソケットから伸びる複数の線に手を翳しているアミも、ご多分に漏れず手ぬぐいで口元を隠していた。


「そうね。自分の部屋と台所、お風呂くらいしか使わないわ。空調は自室だけ」


「劣化しちゃったんですよ、きっと。日常的に流れる魔力がないと、配線も劣化が早いんだ」


「そっかぁ。見てくれて助かったわ。ありがとう。修繕業者に頼むしかないわね」


 二人は全身の埃を払い落としながら、主寝室を後にする。


 アミがリリーの屋敷に到着後、彼女は自室にいた紡久も連れ、三人で居間で他の人を待とうと移動したのだった。


 しかし空調をつけようとして、全く反応がない。故障を疑い、アミを伴って魔石ソケットを確認していたのだった。


「使わない部屋への配線を抜いてしまうのも手ですよ。そんなに難しい作業じゃない。それか、あなた一人だけなら別の場所に引っ越すのも手では? 屋敷や庭の手入れなら、外注でなんとかなるでしょう。ここは街に出るまで少し時間もかかるし」


 アミの提案にリリーはしばらく沈黙した後、首を振った。


「考えたことあったけどね。もう慣れちゃったし、今更なのよ」


 笑いながら軽い調子で答える一方、脳裏に浮かぶのは年末に再会した兄の言葉だった。


『家を守ってくれ』


『壊れることがないように……災害で最悪壁が倒れても床が抜けても、どこか戸の一枚だけはきちんと立ってるように保持しておいて欲しいんだ』


『戸、扉。どこの部屋のでも構わない……とにかく頼む。建物を守ってくれ』


――どういう意味なのかしら。もう少し理由くらい、教えてくれたって良かったのに


 兄とのあの再会の顛末は、約束通り誰にも話していない。

五年もの間突然自分だけを置いて消えてしまった家族相手に、律儀なものだとリリーは自分自身に感心する。


「仕方ないわ。三人じゃ狭いけど、私の部屋に行きましょう。冷房効かない部屋で待ってるよりマシでしょう?」


 居間でうちわを片手に待っていた紡久に声をかけると、リリーは来客二人を伴って自室へと引き返していった。




***




 侑子とユウキの二人がリリーの家に到着した丁度その時、門の前で見慣れた車ともう一台、大きなワゴン車が停車した。


「エイマンさん。こんにちは」


「やあ。君たちも丁度着いたところだったんだね」


 運転席から降りたエイマンに挨拶する。助手席からはラウトが、そして後方に停車した車から三人の男女が降車してきた。

彼らは政府関係の仕事をしている人で、今回の墓参りに同行するのだ。


 お互いに簡単な自己紹介を交わして、ユウキが呼び鈴を押した。しかし、いつものようにチャイムが鳴る音は聞こえない。


「どうしたんだろう。壊れてるのかな? 呼んできますね」


 ユウキと侑子の二人は玄関で靴を脱ぎ、勝手知ったる廊下を通ってリリーの自室へと足を運んだ。




***




「来たみたい。行きましょうか」


 透証のユウキの呼び出しに気づいて、バッグに荷物をまとめながらリリーは立ち上がった。


紡久の学生服を手渡してやる。


「ごちそうさまでした」


 アミは三人分の麦茶入のグラスを盆にまとめ、小さなテーブルを軽く拭き清めた。

 

 部屋のドアがノックされ、外側からユウキと侑子の二つの声が聞こえてくる。


「リリーさん、今日もよろしく――」


 ドアノブを押したのは侑子だったのだろう。


 部屋の内側に向かって開かれたドアの向こう側に、紡久は確かに今朝会ったばかりの侑子の姿を見たのだから。


 赤いリボンのセーラー服。三つ編みお下げの黒髪。


その髪型にするのは、久しぶりだと今朝聞いた。


 侑子のすぐ後ろにユウキが立っていて、彼の表情の変化が、紡久からはよく分かった。


 親しい人に会う時の、普段のユウキらしい柔らかい表情。


 それが困惑へ、そして驚きへ、最終的には恐怖に歪んだ。


緑の瞳が大きく見開かれ、口元が一度だけピクリと大きく震えたのが分かった。


 侑子が立っていれば見えないはずだ。

 彼のTシャツに描かれた幾何学模様が、紡久の目に飛び込んでくる。



――――侑子の姿が忽然と消えていた。





一章終

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