第42話 側村

 墓と聞いて予想していた場所とは、大きく異なるところに侑子は立っていた。


 エイマンの家を出て、彼の運転する車に再び乗車すること三十分。


 そこは山の中腹に位置する小さな集落だった。


数件の家々が立ち並び、道路の両端には埋込式の街灯がぼんやりと発光している。


 町にしてはやけに静まり返っているように感じたが、家々の窓からは灯りが見える。

一軒一軒の玄関灯は光が灯っているし、どの家の庭も美しく整えられていた。


「ここに墓地があるんですか?」


 答えたのはジロウだった。


「ここが墓地なんだよ」


「え?」


 聞き返す侑子の反応と困惑顔の紡久に、リエはうんうん、と頷いている。


「そういえばあの二人も、そんな感じだったわ。ちょうど今のユーコちゃんとツムグくんみたいな顔してた。初めてこっちのお墓事情を教えてあげた時」


「懐かしいな」


 ラウトは感慨深げに呟いた。


 静かな夜の路を進みながら、エイマンは静かな口調で侑子と紡久に語りかけた。


「君たちのいた世界では、亡くなった人は墓標の下に葬られるんだってね。そして墓標が整然と並ぶ場所を墓地と呼ぶのだとか」


 六人分の足音だけがその町の中に繰り返された。


「こっちではちょっと違うんだ。勿論外国では君たちの世界と同じような埋葬をするところも存在するけど。ヒノクニでは町一つを死者の町にして、その町の中に亡くなった人の魂を連れてくるんだよ」


「まさか」


 思わず立ち止まったのは侑子だけではなかった。


同じタイミングで紡久も理解したらしい。


 二人は自分たちが立つ小道の左右に目を走らせた。家々が無言で見つめてくる。


「この場所……この町全体が墓地?」


「そういうこと。墓地とはあまり呼ばないけどね。側村そくそんというんだよ。そばむらって書く。死んでも――肉体がなくなっても、故人の魂や意思の一部は、いつまでもこの村の中で日々の営みを続けている。死は終わりではなくて、次の生活の始まり。亡くなった人は見えなくなって肌で触れ合うことは叶わなくなるけど、私たちのすぐ隣の町で暮らしを続けている。そういう考えのもとで弔いをするんだ」


 ふと視線を下に向けると、路の片隅の小さな花壇が目に入った。


そこには綺麗に色分けして植えられたパンジーが花弁を広げている。隣の花壇にも、そのまた隣にも、色とりどりの花が静かに咲いていた。


毎日誰かの手入れがされないと、このような美しい花壇は保てないだろう。


「家の中にはね、どれも簡易的な物だけどちゃんと日用品も揃えてあるのよ。魔石をセットしてあるから電気はもちろん、水も使えるし」


 リエが笑って、侑子の手を取った。行きましょう、と先を促す。


「素敵な死生観ですね」


 ぽつりと、呟くように紡久が口にした。


「そんな風に死を考えたことなかったな。ただ消滅するだけだと思ってた」


「もちろんそういう考えだってあるさ。同じ国に住んでいるからって、皆同じように考えているわけじゃない。特に死については……それぞれ思うところがあって当然だろう。この国ではこの埋葬の仕方が一般的ってだけだよ」


 ジロウの説明を最後に、しばらく六人は無言で歩き続けた。「ここだ」と先頭を歩いていたラウトが足を止めたのは、小さな平屋の前だった。


「可愛い」


 侑子はその佇まいを目にして、思わず微笑んだ。


 カントリー調のドールハウスを人間サイズに大きくしたような外観のその家屋は、白を基調にした外壁にペールブルーの窓枠をアクセントにした木造だった。ドアは上端の角を落とした形で、上部に小さな丸窓がついている。


「入ろう」


 ラウトがドアに自分の透証を翳した。ロックが外れるような音がして、ドアは自動でゆっくりと開く。


「いい香り……」


 既に灯りの灯っていた明るい室内に一歩を踏み込むと、鼻孔を花の香りがくすぐった。


 小さなダイニングテーブルと向かい合う形で置かれた椅子が二脚。部屋の真ん中に据えられたのはその家具だけで、そのすぐ隣に小さなキッチンが見えた。


「本当に誰も暮らしていないんですよね?」


 訝しむ表情の紡久の言葉に、侑子も頷いた。


テーブルの上にはガーベラが一輪、赤い花弁をいっぱいに広げている。小さな花瓶の水は澄んでいて、ついさっき交換したばかりのように美しかった。誰かの生活の息吹が確かに感じられる。


「誰も暮らしていないわ。生きている人はね。――さあ、こっちよ」


 部屋の奥にもう一つ扉があり、一同は隣の部屋へと移動した。

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