側村②

 そこは、先程までの風景とは一転して奇妙な部屋だった。四方の壁は黒く、天井と床は白い。


 入ってきた扉の向かい側の壁一面に、一定間隔で丸形の小さな鏡が埋め込まれている。その鏡はどれも、化粧品にセットされているコンパクトミラー程の大きさで統一されており、部屋に入ってきた人々の姿を丸く切り取っていた。


「ここは?」


 突然の異質な雰囲気に侑子は息を呑んだ。

 鏡はただの壁面デザインではなさそうだ。天井近くから一定間隔で並ぶ鏡は、中途半端な位置で途切れていた。


まだこれから新たに並べる鏡のための場所を空けているかのように。


「“鏡の間”と呼ばれる部屋です。マサヒコはこの家のことを共同墓地みたいなものか、と言っていました。そしてこの鏡のことを骨壷とも呼んでいた……そういう表現で言い換えれば分かりますか?」


 ラウトは壁面に並ぶ小さな鏡を示しながら侑子と紡久を振り返った。


「骨壷……?」


「まさか鏡の中に骨が入っているわけではないですよね」


 侑子と紡久は鏡に触れられるほどの距離まで近づくと、一つ一つの鏡を観察した。


どれも均一な丸い形をしていて、曇一つなく鏡としての機能を果たしている。離れた場所からは確認できなかったが、それぞれの鏡の端には文字が刻み込まれていて、それは人名のようだった。


二人が新たに発見できたことはただそれだけだ。鏡の向こう側に何か空間があるようにも見えない。


「亡くなった後、遺体は小さく小さく分解されるの。魔法でね」


 リエの柔らかい声と共に説明が紡がれる。


「目に見えない位の大きさまで分解が終わったら、この小さな鏡の表面に少しだけ付着させるのよ。そして側村の鏡の間に安置する――――これね。マサヒコさんとチーちゃんの鏡」


 分解と付着という、埋葬という行為と結びつかな言葉に侑子が思わず眉間に皺を寄せる横で、紡久はリエの指した鏡を覗き込んでいた。


 並んだ鏡の集団のちょうど中程に、二つ並んだその鏡はあった。


 ――越生正彦。越生ちえみ


 鏡は墓標でもあり骨壷でもあるのだろうが、刻まれているのは氏名だけだ。


天井に取り付けられた白い照明の光を僅かに反射させて、見つめる紡久の顔だけを写し出していた。明るい髪色に縁取られた怪訝そうな表情が見つめ返してくる。


「何か作法はありますか?」


 質問したのは侑子だった。紡久のすぐ隣で、彼同様鏡を覗き込んでいる。墓参りの作法について訊いたのだろう。そういえば想像もつかないな、と紡久は思いだした。


「そうね。私達はいつも二人の鏡の前で、二人との思い出を思い出したりしてたけれど。特に決まったことはないのよ。故人のことを考えるだけでいいんじゃないかしら」


 手を合わせたり、念仏を唱えたりという行為は必要ないらしいが、侑子は鏡の前で目を閉じた。


 墓の前で目を瞑るという動作に伴う癖のようなものだろう。自然と手を合掌の形に合わせていた。


紡久も彼女と同様に目を閉じる。

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