第6話 魔法
侑子を手当てしてくれた男は、テヅカ・ユウキという名の学生だった。
二人はベンチに並んで座り、話をしていた。
侑子のことは名前と年齢しか訊ねず、あとは自分の話を続けてくれたユウキに、侑子はほっとする。
自分のことは、ここで出会った人には、あまり話さないほうが良いような気がしていた。
そんな侑子の事情を察しているのか、ユウキも追及してこない。
彼は知人男性の家で暮らしており、学校がない時間には、この広場で曲芸を披露しながら小遣い稼ぎをしているらしい。
父親の顔は知らず、母親と不仲で、幼い頃から一緒には住んでいないという。
中々壮絶そうな過去を抱えているようだった。しかし初対面の侑子にそんな事情を説明するユウキは、あっけらかんとしていて、表情にも曇りはなかった。
その理由をたずねるまでもなく、「今がとても楽しいから気にならないのさ」と笑った。
侑子は曲芸披露という、彼の小遣い稼ぎの内容にも興味をひかれたが、「それはもうちょっとしたら最前列で見せてあげる」と告げられた。
大体いつも定刻に始めるらしく、常連客もいるとのことだった。
「もう十八だから、今年で義務教育も終わり。気ままな学生生活は終わりだ。本腰入れて稼げるようにならないと」
そう語るユウキの言葉に、侑子は密かに首を傾げる。
――義務教育が十八才まで? おかしい。十五才までじゃないの?
けれど彼に冗談を言っているような様子はないし、義務教育の年齢を間違って覚えているほどの常識知らずにも見えない。
自分の知っている常識と辻褄の合わないことばかりが頻発するので、侑子は段々小さな疑問では動じなくなってきていた。
「ユーコちゃん、その靴の履き心地はどう?」
「ありがとうございます。丁度いいみたいです」
「敬語やめてよ。年下とか気にしないで、普通に話してほしい」
会話を重ねるにつれて、ユウキの口調は軽くなり、当初は随分年上に見えた彼は年齢相応の雰囲気をまといだす。
侑子は自分の両足にはまった、青く光る靴を見つめた。
***
ほんの数分前のことだった。
靴のない状態で長距離を移動したせいで、はいていた白ソックスはぼろぼろになっていた。
ユウキの『水を呼ぶ』という不思議な特技 (信じられないことに、彼はその特技のことを魔法と呼んだ) で再び足を洗ってもらい、擦りきれる寸前になっていた靴下も綺麗に洗ってもらう。
「ある程度水は取り除いた」と不思議なことを言うユウキから手渡された靴下は、水洗いしたばかりの事実が嘘のように乾いていた。
そしてそんな素足におさまる青い靴―――これもユウキの言う“魔法”によって、出現した物だった。
「俺はね、身に付けるものを作るのが得意なんだ。こうやって――」
再び侑子の前に跪くと、侑子の裸足になった右足を、迷いなく掬い上げる。
先ほど膝の傷口を洗った時と同じように右手を軽く翳すと、足の甲をすっと優しく撫でた。
目を見張る侑子の前で、みるみるうちに彼女の右の足先は、きらきらと閃光する無数の光の粒におおわれていった。
光の粒は一つ一つが本当に粒状で、侑子の足の上を、命を持ったように動き回る。
踊るように。
遊ぶように。
何かのリズムを刻むような一定の動きをみせたかと思うと、スーっと動きを止めて、沈むように消えていく。
スノードームの中を漂う、雪のようだと侑子は思った。
そして光の粒が消え去った後に、侑子の右足には、爪先部分が丸まった、可愛らしいパンプスが青く輝いていたのだった。
「……すごい」
青い靴は侑子の足に吸い付くように、サイズがぴったりなのが分かった。
日の光に照されて角度を変える度に、キラリと光る。何の素材だろうか。
侑子には想像もつかなかった。
「きれい!」
よく目を凝らして見ると、うっすらと自分の指先が透けて見えるのが分かった。
柔らかいので本物のわけはないけれど、まるでガラスの靴のようだ。
うっとりと見とれる侑子を見て、ユウキは満足そうに歯を見せて笑う。
「気に入ってもらえたかな。良かった。さっきは随分怖がらせてしまったみたいだから」
「ごめんなさい、ビックリしただけです」
「もう片方も作っていいかな?」
ユウキは侑子の左足を手に取ると、先程と同じように甲の上を指先で優しく撫でた。
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