第21話 大岡裁き

 大岡裁きという話がある。

 江戸時代のことだ。奉行所勤めの大岡越前の上奉行の前に二人の女と一人の子供が連れられてきた。

 聞けば二人の女はどちらもその子供の母親だと主張して止まぬのである。調べてもどちらが本物の花親なのかが分からない。

「ではその子の腕を掴んで引くがよい。自分の方に引き寄せることができた者をその子の母親と認める」

 これを聞いた二人の母親が子供の手を力任せに引いたものだから、子供は痛みに泣き喚く。その瞬間、母親の一人ははっと手を離してしまった。そこで越前奉行が声をかけた。

「真の母親ならば苦しむ子供を見て手を離すもの。手を離したそちが真の母親なり」


 これにて一件落着。これを大岡裁きと称する。



 大岡越前は子を持ったことが無いのだろうか?


 母は自分なら決して手を離さないと言った。

 どんなに子供が泣き喚こうが手を離してはいけないのだと言った。


「戦火に追われて燃え盛る街を走って逃げるよね。避難する人々に揉まれる中で手を引かれる子供は泣き喚く。それに怯んで一度でも手を離したら」

 そこで母は少し間を置いた。

「もう見つからないんだよ。そのまま生き別れになる」


 街一つが燃え、役所も燃え、住んでいた家も燃える。その中で見失えば、幼い子供はもう親を見つけることはできない。戸籍制度もそこまで厳格ではないし、何よりも書類の類はすべて燃えている。もちろん携帯電話など無い時代だ。あらかじめ遠くの親戚の家で落ち合おうなどと決めていない限りは、一度離れ離れになった親子が互いを見つける方法がない。

 その通り。母は必死で三人の子供を育てた。捨てるぐらいなら親子ともども死ぬというぐらいの気迫が無ければ、とても無理だったと自分の人生を振り返って笑った。



 母親は何があろうとも子供の手を離してはいけないのだ。

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