第16話 甘酒

 小学一年のとき、初詣に赤間神宮に連れて行かれたことがある。

 深夜に出かけるのは初めてである。胸がドキドキする。境内には少し雪が降っていた。

 お参りが終わり帰りの境内で、甘酒が売っていた。とても美味しそうに見えた。

 甘酒を飲んでみたいとのおねだりは通り、みんなが甘酒を買った。

 大きな鍋一杯に沸騰する甘酒を薄い紙カップに注いで渡してくれる。今ならばその時点で警戒する状況だ。

「あらあら、可愛い子ね。サービスしたげる」

 太ったおばちゃんが笑いながら言った。紙コップの縁一杯にまで煮立った甘酒を注いでくれる。

 分かって貰えるとは思うが、これは恐ろしい凶器だ。

 おばちゃん自身はハムのような手に軍手を嵌めているのでさほど熱くはない。だが小学校一年の手には火傷する熱さだ。持った手から、じゅうと焼ける音がしたような気がした。

 泣きたくなるほど熱くて痛い。今なら躊躇なく床に落とすが、当時はそんなことができる子ではなかった。

 火傷の痛みにひたすら耐えた。持っている手にこぼしでもしたらもっと痛くなる。

 飲んでしまえば少しは助かる。口をつけて啜ってみた。

 じゅうと頭の中で音がした。舌の表面が火傷してべろりと剥げる。

「どうした。行くぞ。早く飲め」

 先に受け取って飲んだ家族が言う。彼らは先に受け取って冷えてから飲んでいるから、最後に熱いまま受け取った目の前の子供の苦しみには毛ほども気づかない。

 また啜った。じゅう。またもや舌が焼けた。

「早く飲め。早く飲め」私に嫌がらせをする機会を絶対に逃さない兄が叫ぶ。「早く飲め。このノロマ」


 私の初詣の記憶はこのようなものである。

 きっと甘酒売りのおばちゃんはすべてを知っていて、過分にサービスしてくれたのだろうと今では思っている。

 本当の悪意を持つ者は善意の皮の下にそれを隠すものだから。

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