第15話 一面の菜の花

 舞台の大スクリーンに菜の花畑の映像が映される。

 ソプラノ歌手が歌う。「一面の菜の花~」

 背景では菜の花畑が次々と映しだされる。

 そしてソプラノ歌手は歌い続ける。「一面の菜の花~」

 このセリフだけを延々と。

 十分も続いただろうか。

 もはや歌手の声も疲れ切って掠れている。この手の単純な繰り返し作業はどうやっても人間の心を削ってしまう。声にはそれが反映される。

 聞いているこちらも苦痛の一文字だ。さすがにもう終わるだろうという期待を裏切って延々と延々と続く。

 面白くもないセリフを単調なリズムで延々と聞かされる。いったいどこの馬鹿だ、こんなクソな代物を考えた奴は。何より歌手が可哀想だ。例えるならば立派なイセエビを使ってエビサラダを作るようなものだ。


 ようやくこの拷問が終わった。呆れたことに拍手の嵐である。

 私一人だけ、ぴくりとも手は動かさない。ここまで馬鹿にされて拍手をする客の気持ちがわからない。ひどければブーイングをすべきなのだ。でなければ演奏者もプロデューサーも学ばない。


 いきなり私の隣の通路にスポットライトが当てられる。一人の男がそこに立っていた。

「今の演出を行ったプロデューサーの〇〇です。皆さま拍手を」

 大喝采が巻き起こった。

 私は意地でも手は叩かない。

 これほどひどい演出をしておいて、よくぞ人前に顔を出せたものだ。その厚顔無恥さに呆れたが、本人はむしろ自分の才能とやらに酔っているみたいだ。いわゆるリップサービスを本気に取る手合いだ。

 膨らんだエゴとナルシズムほど醜いものはない。溺死体が「わたし綺麗?」と尋ねるようなものだ。


「本当にあの歌手は悪い男と結婚したねえ。あのプロデューサーはその旦那さんが引っ張って来たらしいよ」母が説明してくれる。

「物凄く酷かったね。菜の花」

「うん」と母は答えたが、母よ、それでも拍手はしていたじゃないか。

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