第12話 ウミガメ
電車の中でうたた寝をした。
目的地の一つ手前の駅の名を聞いたら目を覚ますように脳の聴覚反応部に命令してのうたた寝である。こうしておけば寝過ごすことはない。
閉じた瞼の向こうから隣の席のカップルの会話が聞こえてくる。
男は何とか相手の気を引きたくて必死である。うむ、うむ。若い者はええのう。
スマホで何かのサイトを見て、男の方が彼女に向けて謎々を出している。
「日に焼けた男がレストランに来てウミガメのスープを食べて、次の日に自殺しました。どうしてでしょう?」
ああ、と思った。日に焼けた男は船乗りだね。船が漂流して食料が尽き、仲間がウミガメを捕まえたのでスープを作ったと言い訳しながら、それを男に飲ませてくれて生き延びた。そしてその味が忘れられずにレストランに来てスープを注文し、味が全然違ったので気づいたのだ。以前に自分が食べたのは人肉のスープだったと。まあ、それで自殺したという筋書きだろう。
しかし、と続けて思った。
その船乗りの男は早まったことをしたものだ。
近代ヨーロッパでアオウミガメのスープが流行したことがある。あまりにも流行が凄かったのでたちまちにしてアオウミガメは全滅。そこで食材に困ったレストラン側は子牛の頭を使って代わりのスープを作り、これをウミガメのスープとして売り出した。これが有名なニセウミガメのスープである。
ルイス・キャロルが書いた不思議の国のアリスの挿絵の中に牛の頭をしたウミガメという珍妙な動物が出てくるのはこれを皮肉ったものである。
船乗りの男は自分が人肉を食ってしまったと絶望するが、実は船で食べたのは本物のウミガメであり、レストランが出したものが偽ウミガメのスープであった可能性が存在する。
首をくくるにはちと早すぎたなあ。まあ世の中の動機の九割を占めるのは勘違いだから仕方がない。
隣の席では、意味が分からないと言う女に男が長々と説明するが、女はただひたすら分からないを繰り返すばかり。
若者よ。君の戦略は間違っている。
借り物の知性で女性の気を惹けると思うのも間違いだし、そもそも女性は男性に知性など求めていないものだ。
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