第9話 霹靂3 患者たち

 遠くで婆さまが延々と叫んでいる。

「痛い~」

「起こして~」

「助けてください~」

「お願いします~」

 看護婦さんは無視している。おかしいな。この病院の看護婦さんは気さくな働き者なのだが。

 婆さまはさらに叫び続ける。これでもう30分は叫び続けている。何という体力だ。

「お願いします~」

 ついに看護婦さんが動いた。

「どうしました?」

「そっちに向きを変えたい」

「でも・・」看護婦が言いよどんだ。「お婆ちゃん。すでにそっちを向いていますよ」

 認知症である。なるほど、まともに相手をしても無駄なわけである。同じセリフを壊れたレコーダーのように繰り返す。そもそも普通の人間にはあれほど叫び続けることはできない。


 近くで爺さまが叫んでいる。

「ワシ。帰る。お母ちゃんを呼んでくれ。それとこれ外せ」

「駄目ですよ。あなたはお尻から血が出て入院しているの。ご飯食べられないからそれを抜いたらお腹空いちゃうの」

「入院? ワシは家に帰る」

「お爺ちゃん。ここはどこか分かる?」

「ここはここだ」

 お前もかい!

 思わず突っ込みを入れそうになってしまった。病院は高齢者の認知症患者で埋まっている。

「お母ちゃんを呼べ」

「はいはい、今電話しますからね」

 出ない。その後看護婦さんは要求がある度に何度も電話をかけたが、最後まで奥さんは出なかった。

 きっと久々の息抜きを楽しんでいるに違いない。

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