第7話 霹靂1 入院

 右手が痺れた。寝違えたのかと思った。

 翌朝、痺れはひどくなり、右足の動きもおかしくなった。


 もう誰がみても脳梗塞の症状である。

 かかりつけの医者に電話すると、すぐにタクシーでERのある病院へ行ってくださいとのこと。

 足がもつれて道路まで行きつけないのがわかり、躊躇うことなく救急車を呼んだ。人生で二度目の救急車である。前回は40度の熱で10日間頑張って死ぬ寸前に呼んだのでさすがに懲りている。


 今の時期、コロナのために受け入れ先を見つけるのは大変らしい。色々検査を受けながら救急車の中で待つ。

 ほどなくかかりつけに勧められた病院に運びこまれた。

 手際よく質問され、服を脱がされる。


 足に点滴の管がつけられた時点で白状する。

「あの~、もの凄くトイレに行きたいのですが」

 看護婦たちが飛んで来た。ズボンが剥ぎ取られ、否応なくパンツが剥ぎ取られ、あっという間にオムツを履かされた。

「そのまましてください」

「あの?」

「そのまましてください」


 緊急事態という文字が初めて頭に浮かんだ。

 人間とは全身の穴という穴から血膿を流す存在である。お釈迦様の言葉が頭に浮かんだ。

 仕方ない。

 前夜に食べたタンタンメンの成れの果て、それも下痢便がオムツの中に大量に噴き出す。一度出だすと止まらない。

 う~。お尻の外側を下痢便が満たすのは最低の感触だ。そうだ、これからは凶悪犯への嫌がらせとしてベッドに縛り付けてオムツをさせ下剤を飲ませるというのはどうだろう。犯罪の抑止力になるに違いない。

 何も言わずに看護婦さんが汚れた股を拭きオムツを新しいのに変える。うーん、御免なさい。

 脳梗塞は頭を上げていると悪化する。トイレには行かせられないのだ。行けば半身完全麻痺まで進行する可能性が出てくる。

 半身麻痺を取るか、人間の尊厳を取るかは難しい問題である。明治の時代には人前でオナラをしたというので自殺した女性がいたのだが、今はそういう時代ではないらしい。


 その後にMRIに送りこまれた。閉所恐怖症かどうか尋ねられ、金属や入れ墨の有無を確かめられる。歯にインプラントが入っているし、詰め物があるが、これらはそう障害にはならないらしい。

 脳血管閉塞の場合の基本的対処は血栓溶解剤の投入だが、脳出血の場合は血栓溶解剤は病状を悪化させる。つまり出血の有無が分かるまでは治療に入れないのだ。

 造影剤を打ち込まれた後に、ヘッドホンをつけられMRIに。ヘッドホンからはクラッシック音楽が流れてくる。

 ガンガンドンドンドンジューツジューツバンバンバンバン。まるでポルターガイストのような大きな騒音が流れ込んで来る。これがMRIの作動音である。強烈な磁場変動でMRIの骨組みがきしみ揺れて出る音である。音からして、もし磁場を作る磁石が固定されていなければ、銃弾のように人体を貫通してしまうレベルである。

 三十分が経過した。

「どうやら出血は無いようです」

 診断が下った。


 点滴に薬が入れられベッドに運ばれた。後は薬が血栓を溶かすのを待つだけ。

 ベッド上絶対安静。食事の時だけはベッドの角度を30度まで上げてよし。そう指示が出た。


「あの~。トイレのときは」

「看護婦を呼んでから、オムツの中へ」


 ひ~。苦難の一週間が始まった。

 昨日まではただの日常だったのに。人間何があるか分かったものじゃない。

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