第8話 街角の呪詛

 大通りの横断歩道で信号待ちをする。街は仕事帰りのサラリーマンで一杯だ。

 信号はまだ赤なのだが、待ちきれない人がじりじりと前に出る。

 遠くの信号機が赤から緑に変わるのに、まだこちらの信号は変わらない。前に出た人はさらにじりじりと前に出る。そんなことをしてもどれほど時間が浮くというわけでもないのに。

 まだ信号は変わらない。じりじりと前に出た人はとうとう車道の中に一人立っていることになった。車が迷惑そうに徐行し避けていく。


 そこまで阿呆なら撥ねられてしまえ。私の心の中で悪いヤツが叫ぶ。

 犬ですらできるわずかの時間の『待て』ができないなら、そこで死ね。

 撥ねられて、脳みそを噴きこぼらせろ。そうして人々の話のネタになれ。その一つで今後十年は彼らが酒場で騒ぐゴミ話になる。


 それ行け。やれ行け。ハラワタを派手にぶちまけろ。


 心の中の呪詛。街角で行われる小さな小さな呪詛。恐らくここにいる誰もが心の裏側に飼っている怪物。その呪詛を受けていることを気づきもしない車道の上の人。


 信号が赤から緑に変わった。立ち止まっていた人々が歩きだす。呪詛は失敗に終わった。

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