第7話 キャッツアイ

 馴染みのバーで飲んでいると、隣に座っていた女性から言われた。

「凄く綺麗な男の人」

 長く生きているがそんなことを言われたのは初めてだ。少なくともむさ苦しいおっさんに言ってよいセリフではない。


 脳内の対人コミュニケーション制御部からマンガ蒼天航路の関羽の映像と共に警報が出た。

『甘言討つべし!』


 確かに。この女の人は何を目的としているのだろう。

 こちらが相手にしないと見ると、今度は反対側の男の人にしな垂れかかった。三十手前と見える細身のメガネをかけた男性だ。

 しばらく二人はイチャイチャしていたが、すぐに女の人がカウンターに突っ伏した。酔いつぶれたみたいだ。

 男が立ち上がって揺さぶったが女は起きない。意識もほとんどないようだ。

「仕方ないな。じゃあ俺の家に来いよ」

 下心が男の全身の穴という穴から噴き出しているようなセリフだ。

「マスター。お勘定」

 女性のお勘定書きも一緒に貰い、それを見て男が目を剥いた。

「ナンバなら一晩中飲めるだけの額だぞ」

 男は文句を言った。大阪人だろうか?

 横目でそれを見ながら、女をお持ち帰りしたいならさくっと払いやがれと心の中で思ったが、もちろん顔には出さない。

 ナンパ男がナンバを語る。うん、つまらんダジャレだ。これは封印しよう。

 渋々とお金を払うと、女に肩を貸して男は出ていった。


「変な女の人だったなあ」

 感想を漏らすとマスターが心なしかニヤニヤしている。

 しばらく経ってその男の人が帰ってきた。

「彼女帰って来ていない? 何だかいきなり走り出して、見失ったんだ」

「こちらには帰って来ていませんね」

 マスターが答えると、男は再び店を出て行った。


「あの女の人は僕らキャッツ・アイと呼んでいるんだよ」

 サブ・マスターが教えてくれた。

「キャッツ・アイって漫画あるでしょ。神出鬼没の女の人が主人公の。そこからついたあだ名がキャッツ・アイ。これで店に来るのは三度目かな。毎回酔ったフリして男に飲み代払わせてお持ち帰りされて、隙をみて適当な所で走って逃げるらしい。逃げ足がむっちゃ速いらしい」

 ははあ、なるほどそれはキャッツ・アイだわ。


 物凄く手慣れた手法といい、大酒を飲んでいるのに男をまけるほどの速さで走れることといい、相当手慣れている。

 たぶん一つの駅で四~五回やって、次の駅へ移動するんだろうね。そして色んな路線をぐるっと一周する。

 いつかどこかのバーでまた見かける日を、私は実は心待ちにしている。

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