第3話 おっちゃん迎えに来たヨ

 会社帰りの通勤電車でのこと。

 電車は満員に近い。その中でハイヒールを履いて足組みをしたケバイお姉ちゃんがいた。錦糸町が近いのでその筋のお姉ちゃんだろう。錦糸町は夜に歩くと道端に無数のお姉ちゃんが立って客引きをしている街だ。

 彼女は怒ったような顔で周囲を睨んでいる。突き出したハイヒールの尖った先が周囲のサラリーマンに刺さろうがお構いなしだ。わざとやっているのは明らかで、満員電車の中で前に立たざるを得ないサラリーマンたちが中腰になって必死に避けている。


 だから変な男に絡まれたときにも誰も助けようとはしなかった。


 まるで昭和年代のチンピラヤクザというような服に薄茶色の帽子をしている。クラッシックフェドーラという種類の帽子だ。浅草ボーイという言葉が頭に浮かんだ。それぐらい時代から浮いている。

 そのチンピラはケバ女にぶちぶちと文句を言い始めた。

 周囲は完全に無視である。これが女子高生やお婆さんなら助けの手も出るのだろうが、質の悪さ全開のケバ女のために喧嘩を買って出るような人間はいない。皆は無視している風を装ってはいるが、それでも通常の車内で行われる会話の類はピタリと止まっている。皆がこれからどうなるのだろうと一種期待を込めた沈黙を作りだしている。

 五分ぐらい絡まれただろうか。ついにある男が助けに入った。かなりガタイの良いおじさんだ。腕の太さからして、柔道かラグビーをやっている人という感じだ。

 絡んでいた男の肩に腕を回しなだめ始めた。さあ、電車を降りて酒でも飲みに行こうじゃないかと強引に話を進める。

 その真意は分からない。本当に見知らぬ人間と酒を飲むつもりかもしれないし、あるいは路地裏に連れ込んでボコボコにするつもりかもしれない。

 何だテメエは。絡んでいた男が喚く。まあまあ、とラグビー男がなだめる。絡み男は力ではラグビー男には敵わないのは明白だ。


 次の駅についた。

 さあ行こうよ、おっちゃん。

 ラグビー男が絡み男の腕を掴み引きずりながら電車を降りた。ドアが閉まる瞬間、絡み男がその腕を振り解いて電車内に飛び込んできた。

「けっ。シャバゾウが」絡み男が吐き捨てた。実際にこんな言葉があるのかどうかは知らない。とにかくそう言った。

 またあのケバ女の前に戻ると絡み始める。実にしつこい性格だ。こういうことが楽しくて楽しくて仕方がないのだろう。

 次の駅についた。錦糸町だ。ドアが開くと、絡まれていたケバ女が逃げ出す。その瞬間、開いた扉の外から声がした。

「おっちゃん。迎えに来たヨ」

 太い腕が差し込まれ、絡み男を掴むと電車の中から引きずり出して消えた。


 ドアが閉まると電車の中にまた日常が戻ってきた。

 後をつけて見届けるのも面白そうだったが、疲れていたので止めた。だから男たちの行方は誰も知らない。

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