廃棄

@scorpionzero2

第1話

あいつが廃棄を盗み食いしてるという噂を聞いたのはつい最近、

複数のバイトから俺のところに苦情が寄せられるようになってからのことだ。


店長にもかけあったのだが施錠はちゃんとしているということで流されてしまった。

しかし俺は知っている。

倉庫の鍵の管理は至極いいかげんで、

売店の従業員であれば開けるのが容易であることを。

実際に俺は何度か施錠し忘れで扉が開いてるのを見たことがある。


面倒なので出来れば放っておきたかったが

余りに他のバイトから苦情が多いので直接本人に注意すると、

やつは不気味な薄笑いを浮かべながら

先輩はあの味を知らないからそんなことを言うんです。

一度食べてみるといいですよ、と返して来た。

ルールに従うよう促しても、

奴はへらへらと笑うばかりでまるで聞く耳を持ちそうにない。


埒が明かないので俺は独断で施錠を頑強にすることにした。

だが、ほどなく鍵は何者かに壊されてしまいまた新たな鍵をつけることに。

するとまた鍵が壊され、意地になった俺は更に鍵を強固なものに変えていった。

そうしたことが何度も繰り返され鍵がどんどん厳重になっていくと、

それと並行して日に日に変貌していくあいつの噂も耳にするようになった。


髪はぼさぼさで目は虚ろ。言動も何処かおかしく、やたら怒りっぽくなった奴は

同僚や職員と何度もトラブルを起こした末とうとうクビになったという。


ようやく平和になると思ったのも束の間、数日経ってあの事件は起きた。

深夜のワンオペ中、倉庫の方で物凄い音がするので見に行くと、

大型のハンマーを手に施錠を破ろうとしているあいつと出くわした。

目は血走り、口からはよだれをあふれさせた顔でこちらを睨みつけて来る。

およそ正気の顔ではなかった。


危険を察知したときは既に遅く、奴は素早い動きでこちらに飛び掛かって来た。

不意をつかれた俺は倒された拍子にしたたか頭を打ちつけてしまう。

奴は何か叫んでいたがそれはおよそ人間の言葉にはなっておらず、

荒々しくのしかかって来る様はまさしく狂犬のようだった。


腕に噛みついてきた奴を咄嗟に蹴り上げたがびくともしない。

奴は俺の腕に歯を立てたまま捩じると、そのままぶちぶちと肉を噛みちぎる。

辺りに鮮血が飛び散り、俺は激痛にたまらず悲鳴をあげた。

奴は食いちぎった肉を味わうように咀嚼してから飲み込むと、

あの不気味な薄笑いを浮かべこちらを見下ろしてくる。

俺はすぐさま売店の外へ向けて大声で助けを呼ぶが、

深夜の施設内は人気も少なく、誰かが助けに来る様子はまるでない。

ヤバい。このままだと―――。必死にもがいてはみるものの、

のしかかる奴を払いのけるだけの力はもう残っていなかった。


食いちぎられた腕と打ち付けた頭の痛みで朦朧とする中、

気が付くと奴の大きく開いた口は俺の喉笛を狙っていた。

このまま俺を食う気か―――?嫌だ。助けてくれ。逃げるんだ、早く。動け!

脳内で必死に鼓舞するも、身体はまるで反応しようとしない。

やつの歯が首に届いたとき、俺は死を覚悟した。


だが次の瞬間奴の動きは止まり、耳元からは奇妙なうめき声が。

見るとどういうわけか奴は息苦しそうに顔を紅潮させており、

苦悶の表情で立ち上がると俺に背を向けたままよろよろと倉庫の方へ歩いていく。

震える手を伸ばし扉に触れようとした瞬間、

奴の身体はがくがくと痙攣し、突然赤黒い液体を吐いたかと思うと

そのまま床に倒れ込んでぴくりとも動かなくなってしまった。


後になって駆け付けてきた職員は現場の惨状を見ても特に意に介した様子はなく、

倒れたあいつの周囲で長々と何か話している。

俺は帰るように言われその場を後にしたが、数日経ってもこの件は

報道もされなければどう処理されたのかすら不明のままだった。

他の店員に話を聞いてみると、

どうやら事件があったこと自体知らされていないようだ。


奇妙に思い店長にも尋ねてみたが、何のこと?と逆に質問されてしまう。

だがその無機質な表情を見て、俺はこれ以上追及しても無駄なことを悟った。

余計なことは知らない方がいい。それがこの職場でのルールなのだから。

ここで働くようになってから、繰り返し聞かされてきた言葉だ。

店長の表情はそれを雄弁に物語っていた。


あいつに何があったのか。

あいつが一体、何を食べていたのか――――


俺たちが働く売店は、とある施設の一角にある。

無機質な表情の職員が行き交うこの施設では、

日々極秘の研究が行われているという。

施設にはひっきりなしにトラックが乗り入れ、何処かから大勢の人々を連れて来る。

毎日毎日、何人も何人も…。

素性の知れない彼らは試験体という名目で研究に協力すると言われているが、

その後どうなるのかは誰も知らない。

施設の誰に聞いても答えてはくれない。

それはつまり、知らない方がいいということなのだ。


店の倉庫近辺は綺麗に清掃され、

まるで何も無かったかのようにすっかり元通りになっていた。

俺たちは今日も上から送られて来る廃棄と呼ばれた黒い袋をそこへ運び入れていく。

日に何個も運び込まれ、無造作に積み上げられた黒い塊。

その中身が何なのか、袋を破いたあいつは、中に何を見たのか。

それを俺たちが知る必要はない。


余計なことは知らない方がいい。

それがこの職場の一番のルールなのだから。

俺は心の中でもう一度呟くと、倉庫の扉を静かに堅く閉じた。


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