動画:浅野陽歌の祖父です。真実をお話します

 例の不審者は警察に連行され、陽歌達も被害者側として事情を聞かれることとなった。とりあえず面識はないということだけは確かだ。

「同じことしか言いませんな」

「心神喪失狙いかな。もうちょっと詰めるか」

 警察官も呆れている通り、陽歌が姉を殺したという要領を得ない供述ばかりを繰り返している。

「どっちみち、凶器を用意して待ち伏せする計画性があるなら責任能力も認められますけどね」

「そうだな」

 そんなわけで陽歌達も襲撃の理由が分からないまま帰る羽目となってしまった。こっちに心当たりがないのなら加害者から聞き出す他ないのだが、これではどうしようもない。


「もしかすると、陽歌くんの実の親に関わることなのか?」

「まっさかー。どう考えても有名ストリーマーを狙ったイカレ野郎だろ」

 その後、三人はユウヤの自宅でしばらく安全確保のため待機することとなった。敵の目的が分からない今、陽歌だけではなく残りの二人にも危険が及ぶ可能性もなくはない。名前が売れた時期からショウゴは売名のテロ野郎だと考えていたが、ユウヤはふと陽歌の実の親のことを思い出す。

 まだ情報としては、陽歌当人がぼんやりと把握していた『育ての親の親夫婦が引き取った』という点しか明らかになっていない。警察も捜索を依頼したがぼかしているのがどうもきな臭い。

「……」

 陽歌はというと、襲撃犯の言葉の意味を考えていた。あれがどういう意味なのか、まだ二桁にも及ばない子供には理解できない。

「ん? なんじゃこりゃ?」

 情報を漁っていたショウゴは、ふと動画サイトである動画を見つける。残る二人も肩を寄せてスマホをのぞき込む。そこには新着動画として『浅野陽歌の祖父です。真実をお話します』というタイトルの動画が出ていた。

「なんだねこれ?」

「よくある奴だろ、一時流行った有名人の妹ですってオッサンが動画出してんの」

 ショウゴはユウヤにそう説明するが、彼も一応有名にはなったといえ便乗して再生数稼ぎに使うほどではないと客観的には見ていた。ペラペラめくったり垂れ流しで興味のない情報も入ってくる新聞やテレビと違い、ネットは検索しないと情報に当たらない。動画サイトのオススメ欄も検索履歴を元に作っている。

 そのため、こういう動画が新着で出てくるのは普段からトライキマイラの動画を見ている層くらいだ。

「とりあえず、再生を」

「……。ああ」

 陽歌は見るというが、ショウゴはしばらく考えて了承する。見せない方がいいと思ったが、一人の時に見てしまうより逐一内容に突っ込める今の方がいいだろうと判断した。

『私はトライキマイラという動画配信者の一人、浅野陽歌の祖父です』

 動画を再生すると、老人がカメラに向かって話し始めた。

「知ってるか?」

「いや、知らない……」

 陽歌はこの人物知らなかった。言うまでもないことだが。

『私達の娘が警察に不当逮捕されました。その件についてお話します』

「かぁー、こいつもイカレ野郎かよ!」

 牛刀を振り回して捕まったことを不当を言い切る老人にショウゴは頭を抱えた。

『私の娘の一人が、ある男に性的な暴行を受けて望まぬ妊娠をしました。それがあの、浅野陽歌なのです』

「確証がないな……」

 老人の言うことは理路整然としているが、ユウヤからすれば何一つ証拠がない。

『私の娘は堕胎の為に手を尽くしました。しかしあの子供は、娘の身体に醜くしがみついた挙句命を奪って誕生したのです!』

「見ろ、コメントでツッコミ祭りだ」

 あんまりな内容のため、ショウゴはもうコメント欄に目を通していた。たまに盗撮される電車内のヤバい奴シリーズみたいにおもちゃにする気満々の反応も多々見られた。

「確かに中絶は母胎への負担が大きく、亡くなる可能性はゼロではない。だがその方法上、胎児だけが無事に生まれるなんてこと……」

「ああ、そういえば中絶をテーマにしたフリゲやったな」

 ユウヤは老人の言葉から不自然な点を見つけて嬉々として指摘する。ショウゴも過去に配信したゲームの内容を思い出していた。コメントでも同様の指摘が相次いだ。

「……」

「ま、そういうことだからこのジジィの言うことは無視、だな」

 陽歌は真妙に受け止めていたが、ショウゴは気にしない様に言う。しかし到底無視できない内容が動画には含まれていた。

『この動画を見ている者に告ぐ。こいつを殺した者に、賞金を支払う! どうかこの老いぼれの最後の願いを聞いてくれ!』

「殺人教唆!?」

 ユウヤはその思い切った内容に驚愕した。いくら日本語でしか話していないとはいえ、基本的にネットへ上げた情報は世界に晒したものだと思わなければならない。そんな状態で殺人を推奨するなど、この老人は正気ではない。

「チッ、気に喰わねぇぜ。復讐ならその乱暴した男ってのにすりゃいいのに、勝てそうな相手に八つ当たりで留飲を下げようってか?」

 二人は否定的な意見をぶつけるが、当事者たる陽歌は心穏やかではない。画面を食い入る様に見つめ、老人の言葉を聞く。

 その時、家のチャイムが鳴った。完全にホラー映画なら殺人鬼が乱入するタイミングだ。

「おや、だれだろう」

「インターホンで確認してから出ろよ?」

 ユウヤが応対をするが、今は状況的に迂闊なことは出来ない。ショウゴと陽歌もこっそり顔を出して玄関の様子を伺う。

「はい? 警察の方ですか?」

「手帳見せてもらえよ!」

「もう見せて貰ってるよ。配属も聞いてる」

 警察の人らしいが、こちらの警戒を予測した様に手帳と配属を明かす。

「よし、開けろ」

「僕の家なんだけどね……」

 ショウゴがGOサインを出して警察官を家に上げる。制服ではなくスーツを着ており、それなりに偉い人であることが伺えた。

「初めまして、ですかな? 警察庁生活安全局生活安全企画課所属、有角です」

 大層な肩書にしては若く美形な男だった。

「うちの管轄の警察官でなく? 一体何が起きて……」

「陽歌くんについて、話さなければならないので」

 有角は陽歌について何かを知っている様子だった。何か分かるかもしれない、という期待もあって三人は話を聞くことにした。

 ショウゴがお茶を入れて、有角に出す。

「お構いなく」

「いえいえ」

「出したの俺だぞ」

 お茶の話はともかく、有角は陽歌のことについて知っていることを話した。

「例の動画を目にしましたか? 陽歌くんの祖父を名乗る、怪しげな老人の動画を」

「ああ。あのアッパラパーのか」

「彼の言うことは、事実です」

「何?」

 有角曰く、あの一件頭をやってしまったかの様に見える老人の言葉は真実であった。さすがにショウゴも動揺を隠せない。

「本来、どういう経緯で生まれたにせよ子供に罪はない。だが、あの遺族たちは陽歌くんに危害を加える可能性があった。だから私の先輩であった浅野仁平が陽歌くんを引き取って故郷へ連れ帰った。警察でも、そうした危険があるから彼の身元については私がぼかす様にしていたのだが……」

「それで警察は捜索に乗り気でなかったと」

 ユウヤはその説明で、警察に相談した際の対応に合点がいった。下で話を持って行っても、警察署を統括する警察庁にいる有角が話を止めていたというわけだ。

「安心してくれ。殺人教唆をしたことで奴らを逮捕できる状態になった」

 動画の内容は有角にも伝わっており、警察も動くとのことだ。そうでなくとも視聴者から通報されているだろう。

「僕は……」

 だが陽歌の心は晴れない。親の愛情に飢え、本当の両親を探す為に動画を配信していたのだ。その結末が、自身を憎む母親の遺族では報われない。ましてや、自分の誕生そのものを否定されたのでは。

「陽歌くん、先輩がその名前を付けた理由を伝えておく」

 そんな彼を見て、有角は陽歌の名前の由来を教える。それはつまり、引き取った仁平という警察官は少なくとも陽歌を子供として愛していた証明である。

「陽の差す場所で歌う様に、堂々と生きて幸せになってほしい。それが名前に込められた願いだ」

「じゃあなんで……ボクを置いてったの……?」

 だが、幸せを感じるには傍で寄り添ってくれる人が必要だった。寄る年波に勝てないのは仕方ない、と諦められるほど陽歌は大人ではない。

「陽歌くん……」

 有角には、これ以上彼を元気づける言葉がなかった。その時、またしても家のチャイムが鳴る。

「はーい」

 ユウヤがまた出る。ショウゴはどうにか陽歌にかける言葉を探そうと足りない頭をフル回転させていたので、その行動に気づかなかった。

「あ、ああー。あの時の」

「あ、お前インターホン見ずに玄関を……!」

 時すでに遅し。ユウヤは見知らぬ老婆を家に上げていた。件の老人と同世代ということもあり、ショウゴに緊張が走る。

「あの時は孫をありがとうねぇ」

「孫……?」

 だが、この老婆は菓子折りを持って礼を言いに来たのだ。一体何のことか、陽歌とショウゴは顔を見合わせて考える。ユウヤはアポを受けていたので、概ねの事情を把握していた。

「ほら、あのマンションで助けたお子さんのお婆さんだよ」

「へぇ、飛んで祖父母か」

 親ではなく祖母が来たことをショウゴは少し気にしたが、それとなくお婆さんはその後のことを話してくれた。

「うちの嫁が子供を置いて○○玉入れなんぞ行かなきゃ皆さんに迷惑かけることも……」

「はい放送コード引っ掛かるのでかぐや消ししておきます」

 ショウゴはついそう言ったが、何のことかは陽歌共々知らない。

「ちょう……え?」

「あー、今はパチンコ言うんか。とにかく身内の恥でご迷惑を……」

「あ、いえ。それよりお孫さん、大丈夫でしたか?」

 救助した後、そのまま気を失ってしまった陽歌は助けた子供の顛末をよく知らない。生きていることは聞いているが、怪我がなかったか心配だ。

「おかげさまでね、唾付けりゃ治る擦り傷で済んだよ」

「そう……ですか」

 陽歌は俯き加減に話を聞く。精神的に弱っている彼には、子供を置いてパチンコにいく親の話は身につまされる想いだ。

「そうそう、孫からこれをお姉ちゃんにって」

「お姉ちゃん」

 老婆は陽歌に折り紙で出来た花を渡す。お兄ちゃんなんだけど、という野暮なことは言わない。まるで彼の瞳の様な、ピンクと青の花だ。

「綺麗な目をしとるね、あんた」

「そ、そう……かな?」

 今まで、瞳の色は否定されてばかりだった陽歌にとって以外な反応だった。助けた子供にも印象に残っていて、この色を選んだのだろう。

「孫にとっての恩人だよ。あんたがいてくれて、本当によかった」

 老婆はただただ言葉を尽くして、礼を言う。陽歌は少し顔を上げ、何かを決心した様な表情を見せるのであった。

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