配信:初めてのおつかい
人命救助の一件は感謝状を贈られ、新聞の地方欄やネットニュースに載るほどとなった。
「いや、その……もらうほどでもないというか今考えれば内側から部屋開ければよかったっていうか……」
「貰っとけ。お前名前売って本当の親探してんだろ」
「後からはどうにでも言えるけど、あの時支えてくれなかったら僕らは間に合わなかったからね」
陽歌はそんなことを言って目立つのが好きでないのも相まって辞退しようとしていいたが、本当の目的を考えるともらうべきというのはショウゴとユウヤの間で意見が一致した。
「それでコメントで、パルクールとかしないんですかって」
「あー、それは……。見せるものじゃないというか危ないというか……」
ユウヤはコメントの一部を読む。偶然テスト中の配信が録画されており、陽歌の動きはネット上に流れた。元々はテスト配信だったこともありアーカイブを消去する予定もあったが動画がネットニュースに使われたのでそのまま残すことになった。
視聴者からは陽歌の技術を見たいというリクエストが多く寄せられていたが、彼は一貫してそれを突っぱねていた。というのも他人に見せるほど成熟したものではなく、独学で身に着けたそれは危険も多い。可能ならば使わないのが一番だ。
「それに、危ないことは規約に引っ掛かるしな」
ショウゴはプラットホームの規則を持ち出す。子供に危険なことをさせるとアカウント消去の可能性もある。
「その代わり、いい企画持って来たぜ」
そう言ってショウゴが持って来たのは、陽歌のおつかいを撮影するというものだ。
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その後もゲーム配信で着実にファンを稼いだトライキマイラ。今日は久々に外での配信だ。
「よし、撮れてるな」
ショウゴとユウヤは背後からこそこそと陽歌を追いかける。ショウゴがヘッドカメラを装備、ユウヤがタブレットで配信の状況を見る。
「しかし本人についてきていると言ってよかったのか?」
「対人恐怖症のリハビリもあるからな。いるって言っておいた方がいいだろ。どうせバレそうだし」
こういうお使い系の企画では撮影者の存在は隠すものだ。現に彼らも隠れているが、陽歌本人には撮影していることは伝えている。企画の目的がお使いの様子やリアクション、ドッキリではないというのが最大の理由だ。
「お店の人にも撮影許可とりつつ事情は話したし、少しは慣れてくれるといいけど」
「ぬかりないねそういうとこ」
ショウゴの手により、関係各所への連絡は完璧。元々彼の行きつけの個人店であり、人命救助の件で名前も知れたので交渉はスムーズだった。
「しっかし名前が売れたのは良し悪しだな」
陽歌の顔は髪色、瞳色でよく目立つ。先日のことでちょっと有名になってしまったせいで声をかけられる機会も増えた。だが、人を怖がる彼にとってそれは喜ばしいことばかりではない。無意識に身構えてしまうため、常に緊張状態を強いられる。しばらくすれば人々の関心も薄れて陽歌も周りの人が皆自分に危害を加えようとしているわけではないことを心で理解するだろうが、今はまだその段階にない。
「しかしあの配信のコメントは大荒れだね」
「ああ、あいつの置かれた状況の一端を垣間見たな」
例の人命救助の配信も、映っているのが陽歌だと分かるとアンチコメが付いた。元々の視聴者に過激なアンチがいる様なチャンネルではなかったが、どうもリアルで彼を虐めていた人間が駆けつけてコメントしている様だ。
ネットに動画を出せばアンチコメがつきものなため、コメント欄は陽歌に見せない様にしている。応援のコメントだけ二人が抜粋して彼に伝えている状態だ。
「そういえば虐待の件ってどうなってんだ? そっちは警察が動いてくれてるんだろ?」
ショウゴは警察に相談した虐待の話を思い出す。保護するにあたって誘拐と思われない様に、ユウヤが即座に警察へ相談していたのだ。
「ああ、保護観察者遺棄の疑いが掛かったからね。児相を飛ばして警察さ。両親はもちろん、その実子が陽歌くんに擦り付けていた悪事も再検証されてえらいことなってるって」
「警察って縄張り意識強いから管轄外れたら動けないんじゃないか?」
ユウヤ達の街と、陽歌の故郷は県境を挟むほど離れている。確かに警察の縄張り意識の強さは否定できないが、そこを解決しようという動きもある。
「その辺は割と刑事ドラマとかで誇張されている部分でもあってね。それに警察の中の警察といって、内部の不正を正す組織もあるのさ」
「へぇ、FBIみたいなもんか?」
「それは州を跨いで捜査できるアメリカの組織だよ……」
話しているうちに陽歌はどんどん店へ近づいていっている。しかしショウゴの行きつけとなると全く想像が出来ないユウヤなのであった。
「だが君の行きつけとはどんな店だ? まさか煙草屋や酒屋じゃあるまいな?」
「今未成年に売ったら廃業だろうが……撮影許可だって貰ってるってのに」
不良のイメージとしてはかなり古めかしいものであった。彼から出たのは予想外の答えであった。
「パン屋だよ」
「パン屋」
「うちのババァが飽き性なのに道具一式揃えてパン教室通ってな、そん時俺は小学校入る前だったから連れてかれたんだ。ババァが教室辞めてもなんだかんだ付き合いがあるよ」
言い分からパンだけでなく、材料も売っているタイプのお店らしい。
「専業主婦ならパン作り趣味にしてんじゃねーのか? 知らないなんて意外だな」
「趣味は無数にあるよ……。まぁとにかく大丈夫そうだな。あとは陽歌くん次第……」
「何度か店には行ったし店長とは顔見知りになったから大丈夫だろ」
今回が初対面ではなく、陽歌も既に知っている相手。それなら安心だろうが、ショウゴは思いの外色々な人に陽歌を会わせていた。
「だが結構陽歌くんを連れ回しているようだが?」
「とにかく知り合いを増やしておかないとな。人間関係が俺らだけじゃ細すぎる」
彼は陽歌と様々な人を会わせることで、困った時に頼れる範囲を広げようとしていた。ここしか居場所がない、と思わせずに選択肢を増やすことで間接的に自分達への信頼性を上げることにもつなげている。詐欺師というのは選択肢や思考時間を奪うものだとショウゴも知っている。
「さて、ここまでは問題なし」
「そうだな」
この段階では特に陽歌にもトラブルはない。休日の昼間だというのにアンチが湧いているいるが、他の視聴者にぶっ叩かれてしまっている。もはやブロックする手間もいらない。
「しっかしアンチ共は暇だな。休日なのに遊ぶ予定もないのか?」
「人間というのは不思議だね」
人命救助の件で彼の名前が上がってから急に、なのでとても分かりやすい。今まで下に見ていた相手に超えられる、というのが堪えられない様だ。他人を評価の軸に生きていくというのは不安定な行いだ。自分を軸に持っていれば他人がどんな立場になっても構わず生きていられる。
「何買うのだって」
「アンパンだってよ。あれが一番好きだそうだ」
そんなアンチよりファンの質問に答えたいところ。陽歌はパンだとアンパンを気に入っている様だ。
「お菓子だと米菓が好きだよね」
「米価?」
「おせんべいとか」
ユウヤも彼が好んでいるお菓子を思い出す。なんだか爺むさいが、陽歌は育ての親の親、つまり祖父母世代に引き取られていたのでその影響なのだろう。記憶は薄いが、舌に沁みついた幸せの味は無くならない。
「あー、そのべいかね。よく遊んだわベイカ」
「……お、そろそろお店だね」
ショウゴの知ったかぶりはともかく、陽歌はお店まで近づく。歩いて来る人が多いため、駐車場は小さいが珍しく車が止まっていた。
「なぁ、あの車……地元のナンバーじゃないぞ?」
「SNSか何かで聞いたんじゃないか?」
ショウゴはその車に違和感を覚えた。だがユウヤは考えすぎだと一蹴する。
「SNSはやってないはずだ」
「昔は口コミで広まったものさ。なんとかマップなんか他人が情報を書き込めるだろう?」
ショウゴが警戒する中、その車から人が降りてきた。ただの客ならともかく、なんとその人物は普通のおばさんなのに手には牛刀を持っていた。
「何?」
「あの人は?」
とにかく陽歌の危機だとショウゴとユウヤは物陰から飛び出した。敵は凶器を持っていて危険だが、目撃者が出て数で勝れば多少安全は確保できるだろう。
「見つけたぞ! 姉さんの仇!」
その人物は何かを叫びながら牛刀を振り回す。流石に距離があって間に合わないか、と思われたが店から体格のいいおじさんが出てきて間に割り込む。
「とう!」
「店長さん!」
それは陽歌も知るパン屋の店長。その人物は慣れた手つきで牛刀を叩き落とし、不審者を取り押さえた。瞬きする間に、とはまさにこのこと。二人が駆けつけた頃にはもう事態が収まっている。
「お前が……お前が姉さんをぉおお!」
「え? どういうこと……?」
陽歌は不審者の怨嗟を聞き、困惑していた。そこを店長がフォローする。
「刃物を振り回すイカレポンチの戯言だ。考えるだけ無駄だな」
確かにわざわざ銃刀法に抵触する刃物を用意して待ち伏せなど、常人の精神性ではない。言っていることもどこまで事実に基づいているのやら。
「凄い腕前ですね。護身術をどこかで?」
「店長は退役軍人なんだぜ」
無事、警察に不審者は連行されていったのだった。短い間にアクシデントに見舞われたこのチャンネルの行く末はいかに。
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