動画:特技のお披露目

 アパートやマンションに囲まれた辺鄙な公園に三人が来たのは、陽歌の得意とする運動系の動画を撮影するためであった。

「意外だよ。君がこんなに運動が得意なんて」

 ユウヤは投稿された逆上がりの動画を見直す。足が届かないであろう一番高い鉄棒で軽々と逆上がりをする陽歌の様子が納められている。義手に超パワーがあるかの様に見えるが、腕だけ出力があってもこうはいかない。逆上がりは腕力でなく全身で行うものだ。

 それに極端な高出力は怪我を招くため、義手は同い年の子供の平均値程度に設定されている。そこはスペックを伝える動画でしっかり見せている。

「逃げる時にいろいろやってたから、なんかできるようになっちゃって」

 陽歌はいじめっ子から逃走する時に半ばパルクールの様なことをしないと追い付かれてしまうため、気づいたら逆上がりを始めとして様々な技が出来る様になっていた。

「前は一番高いので出来たけど、掴んでる感覚ないと怖いね……」

 ただ彼も万全ではない。きちんと掴めているかどうかを判別できないのは恐怖を感じる。

「腕を使わないなら……はっ!」

 陽歌は軽々と飛び上がると、一番低い鉄棒の上に身体を揺らすことなく着地した。

「む……」

 しばらくは安定していたが、何かを感じて彼は降りる。

「やっぱりバランスも自信ないな……」

 というのも、義手には触覚を始めとする感覚がない。そのため腕で取っていたバランスが取りにくいのだ。見ただけでは特に問題なさそうだが、危険を察知して本当に危なくならないうちに降りたのだろう。

 彼の技は子供故の無謀ではなく、キチンと危機管理をした上で行われている。出来る出来ないの判別が正確なのだ。

「こんなのもあったぞ」

「お手玉かい?」

 ショウゴが持って来たのは、リフティングボールと呼ばれるものだ。中にはこういうお手玉っぽいものもある。2001年の日韓ワールドカップの時に流行ったものだが、手のひらに収まる程度に小さいので長い間タンスの片隅に眠っていたのだ。

「陽歌、パス」

「うん」

 それを雑に陽歌へ投げると、足で器用に受け止めてリフティングした。全く落とす様子もなく軽々と手で操る様な技術。サッカーを始め球技はやっていないとユウヤは聞いていたが、なぜこんなにできるのか。

「へぇ、出来るもんだ」

「腕が使えなくなったせいか、足がやたら器用になっちゃって」

 その背景には腕が関係していた。腕を失ったが手伝ってなどもらえない陽歌は残された脚を利用し、日常生活をこなしていた。その結果、短期間で足の器用さが爆発的に伸びたのだ。ものを持ち上げるにもこうやってリフティングの要領を使う他なかった。

「お、これ生配信できるじゃん」

 ショウゴはヘッドカメラを配信モードにした。カメラなのでそれを受ける配信サイト側で設定してやればできなくはないが、色々問題がある。それをユウヤは指摘した。

「他の人の顔が映ってもモザイク出来ないんじゃない? それに配信っていきなりやっても人は……」

「テストだテスト。具合みたらアーカイブも消すから」

 これは単なるテスト、とショウゴは言う。ヘッドカメラなので外での撮影、配信を確かめたいのだ。せっかくある機材、使わなければ損というもの。そもそもなんでこんなもの買っていたんだと自分の母親に呆れる気持ちもあったが。

「よし、いい感じ」

 陽歌はタブレットを持って配信画面を確認する。問題は特になさそうだ。

「ん? なんだ?」

 その時、彼らの耳に人々のざわめきが届く。辺りを見渡すと、マンションの一つに人だかりが出来ていた。

「火事?」

 陽歌はふとそんなことを考えた。野次馬根性というのも良くないが、たしかに火事ならば置いてはおけない。消防曰く複数通報があると助かるらしい。

「どのアパートだ? 通報しないと……」

 ユウヤは消防に伝える為、アパートの名前を調べようと現場に向かう。陽歌とショウゴも後を追った。現場に近づいたことで、一体なにが起きているのか彼らは知ることになる。

「あれ……」

「おいマジかよ!」

 そこを見ると、幼い子供がベランダの柵に掴まってぶら下がっているではないか。高さも五階以上あり、転落すればまず助からない。一メートルから転落しても人は死ぬのだ。

「なんだってあんなことに!」

「ベランダに椅子でもあったのかな……それよりショウゴ、あの辺りでこっち向いて中腰に」

 陽歌は言うが早く、ショウゴに指示を出す。何をすべきか、まるで淀みない様子であった。ユウヤは火事を想定していたため、通報の時に動揺してしまった。

「あ、はい、そういうことです。場所はえっと、ハイツムラマサ、じゃなくてムラサメです。お願いします。……一体なにを?」

 ユウヤが通報を終えて陽歌の意図を聞こうとしたが、その時には彼はもう走り出していた。

「動かないで!」

「お、おおお!」

 ショウゴは言われた通りに固まった。陽歌は迷うことなく彼に迫り、膝と肩を踏み台にして一気に二階のベランダへ駆けあがり、その柵に乗って三階までよじ登る。

「ええええ?」

 あまりに危険なことを流れるようにやってみせた陽歌にユウヤは驚く。ショウゴが戻ってくる間に、陽歌は子供のいる階。いくらあそこまでたどり着けても、転落の可能性がなくなったわけではない。それに陽歌一人で引っ張り込むのは難しい。体格もそうだが、握る感触のない義手では危険過ぎる作業だ。

「えっと、部屋は右から……」

「いいから行くぞ」

 二人は急いで陽歌と合流することにした。喧嘩慣れしているショウゴと管楽器の為に持久力を鍛えているユウヤは難なく上階へ階段で駆け上がることが出来た。しかし問題はここからだ。

「この部屋だな。くそ、やっぱ鍵か」

 問題の部屋は当然の様に鍵がかかっている。ショウゴがインターホンを押して陽歌を呼ぶが、ユウヤが待ったをかける。

「待って、今陽歌くんの状況は分からない。迂闊に手を離せば危険があるかも……」

「じゃあブチ破れってことだな!」

 ショウゴはそれを聞き、嬉々として扉に蹴りを加える。多少軽いもので作られているだろうが、金属の扉が凹むほどの威力を何発も叩き込む。ショウゴは喧嘩用に安全靴を履いているのでこういう時に使えるのだ。

「やったか?」

「いや、ダメだ!」

 ドアノブ付近を重点的に蹴ったのもあり、鍵を破壊することには成功した。しかし、よりによってチェーンも掛かっている。鎖は引っ張る力に強く、このまま蹴り続けても効果は無さそうだ。

「どうすんだよ! こんな時にチェーンまでしやがって!」

「時間が時間だ。両隣の人はいないのか……大家さんを探すのも時間掛かるぞ……」

 一番早いのは隣からベランダを伝うことだが、それも危険な上に隣人がいないと成り立たない。週末はみんな出かけてしまったのか、人の気配がない。ユウヤは隣人がいるか、とっくに異変に気付いた大家が鍵を持ってきていると思って行動していた。

「鎖は引っ張る力には強いがねじれる力には弱い。限界までねじったところを何らかの威力があってこの隙間を通せるもので叩く!」

 ユウヤの提案はこうだ。ポケットから取り出したペンにチェーンを絡めて巻き、ねじる。そこを何かで叩き壊すというわけだ。

「金槌か何かを借りてきてくれ!」

「何かってなんだよ! つーかどこに人がいるかなんて……」

 ショウゴはこんな状態で誰に借りるのか、と思ったが周囲の人もなんとかしようと集まっていた。そこでユウヤはそれぞれに指示を出す。

「あなたは金槌かなにかを頼みます!」

「金槌だな!」

「あなたは大家さんを!」

 人は複数人いる時、責任が分散されて自分が動かなくなる。なのでこういう時は個人を指定して指示を出すとよい。他の住人から借りた金槌をユウヤはショウゴに渡す。

「躊躇いなく打つ必要がある。君が適任だ」

「人を狂人みたいにいいやがって、やってやらぁ!」

 ショウゴによって振るわれた金槌により、チェーンは破壊された。チェーンというより留め具が両側から吹き飛んだが、結果オーライである。

「陽歌! 来たぜ!」

「あ、開ける方法逆……」

 外開きの扉を内側に折りたたんでショウゴは陽歌の元に駆け付ける。急いでいる結果なのか、この機会を狙ったのか、土足で上がり込んで無暗に物を壊しながら彼は陽歌のいるベランダまできた。

「ショウゴ……」

「今助ける!」

 陽歌ではもう支えるのに限界があったらしく、彼の額には脂汗がにじんでいた。ショウゴはひょいっと子供をベランダに持ち上げ、無事に救出した。

「た、助かった……」

「陽歌くん?」

 陽歌は緊張が解け、電源が落ちる様にパタリと気を失ってしまう。

「こいつがいなかったら時間稼げなかったな」

「そうだね」

 陽歌があそこで子供を支えていなければ、ショウゴとユウヤが駆けつける前に落下していたかもしれない。ショウゴだけならば、扉を開けられずにいたかもしれない。ユウヤだけだったら、あの提案を迷わず実行できなかったかもしれない。この中の誰が欠けても、この命は救えなかった。

 ユウヤとショウゴは合わない部分がありつつも、互いの能力を認めざるを得ない一日となった。

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