動画:そっくりな人って?

 世界的に有名なとあるゲームハードには、複数のソフトを跨いで使えるアバターの様なものが存在した。現行機ではデフォルトで作成ツールが入っている様なことも無くなったが、それでも名残としてかいくつかのゲームでは未だにシステムが継続されている。

 ゲーム会社の屋台骨が殴り合うを通り超え、業界全体の乱闘騒ぎと化した現在録画中のゲームにもそれは存在する。

「行け! オザワをぶっ飛ばせ!」

「なんだいこれは?」

 この企画を考えたのはショウゴ。ユウヤはゲームに詳しくないため、何が起きているのかよく分かっていない。

「あ? これか? これは嫌な奴の顔を貼り付けたファイターをボコボコにする遊びだ」

「マズくないかな?」

 ゲームとはいえ、実在の人物の似顔絵をぶん殴るという遊びを配信するのはコンプライアンス的にどうなのか、とトライキマイラのコンプラチェック担当のユウヤは止めようか考えた。

「小動物を殺してストレスを解消するよりはよっぽど健全だよ」

「例が極端!」

 操作を担当している陽歌の出す例えは何だか比較にならない気がした。

「いや本当。ボクの住んでた街は捨て猫捨て犬がいっぱいいるからそういう異常者には格好の的なんだ」

「動物虐待は犯罪の入り口って言うけど大丈夫かな……いや大丈夫じゃないか」

 ユウヤはそこまで言って、陽歌のことを街の誰も助けなかったという事実を思い出す。片鱗だけ見ても荒み具合が異常だ。この街に住んでいると、とても同じ国の出来事とは思えない。

「で、オザワって人は学校の先生?」

「いや、この辺でたむろってるチンピラだ」

 陽歌は嫌な人筆頭に教師を挙げたが、ショウゴ曰く対立している不良の一人だそうだ。

「俺みてーな不真面目な奴も見捨てねぇ竹中先生の顔に泥塗る様な奴だ。わらわら夜中の蛾みたいに仲良しグループで集まりやがって気に喰わねぇぜ」

「それは蛾に失礼」

 あの陽歌が辛辣な言葉を浴びせる辺り、彼は好意を無下にするということに厳しい性格なのだろう。単に人間不信のため虫を上位に見ている可能性もあるが。

「しかし同じ街に住んでいるのだろう? こんなことして怒りを買わないか?」

 ユウヤの指摘も尤もだ。だがこれこそショウゴの狙いともいえる。

「それでキレたら似顔絵を殴られてお冠になる小せぇ男ってだけだし、しゃくだがボイスレコーダーとか用意して暴行の現場納めて警察に行きゃああいつらもパクられるだろうよ。タイマンなら負けねぇが、あいつら頭数と凶器にもの言わせるからな」

「結構汚いね……」

「頭脳派と言ってくれたまえ」

 不良ながら正面で叩きのめすのではなく、曲芸戦法を用いるショウゴにユウヤは呆れていた。とはいえ彼も本当はボコボコに叩きのめしたいのである。しかしマンパワーというのはいついかなる環境においても有効に作用する。

「あ、そういえばこんな話聞いたよ」

「なんだ?」

 そこで陽歌がある提案をする。

「集団でも足の速さまでは揃わないじゃない? そこでまずは逃げて、速力の差でバラバラになる様に誘導する。そして追い付いてきたのを一人ずつ振り返って処理する。幕末に攘夷志士が人数で劣っていても戦えたのはこういう作戦があるからだって」

「そいつはいいことを聞いた」

 陽歌も日々、周囲が敵だらけの中を生きて来た。ただ漫然と殴られるだけではとっくに死んでいる。生き抜くための戦術は一応持っているのだ。

「本当に喧嘩するつもりか……。まぁそんなことより」

 これ以上物騒な話は御免だとユウヤは話を切り替える。

「このオザワって人を模したキャラ、なんかに似ているな……」

「ああん? こいつの顔面ジッと見ると目が腐るぞ」

 オザワが誰かに似ているのか、その特徴をデフォルメしたキャラクターは既視感を強めてくる。

「ああ、たしか政治家にこんな顔の人いたな。老けるとこんな感じだ」

「へっ、そりゃあきっと汚職野郎にちげーねぇぜ」

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いを地で行くな君は」

 どの政治家か、には言及していないのにショウゴはこの言いようである。

「君らも誰かに似てるとか言われたことないか?」

「うーん、ないかも」

 陽歌にはそういう経験はないが、ショウゴは少し考えて思い出す。

「そうだな……吉川晃司に似てるって言われたい」

「願望か!」

 ユウヤはショウゴの趣味が分かった気がした。最近は娯楽の多様化でみんなが見ているテレビというのもなく、そういう話はあまりされない。

「いや、なんかあるでしょ……ほら……なんか」

「ねぇじゃん!」

 ユウヤも考えたが、そう都合よくショウゴにそっくりな有名人は見つからない。一方、陽歌の方は何か頭の片隅に引っ掛かる。

「陽歌くんはそうだな……なんかどこかで……」

「へ? そうなの?」

 陽歌は自分の見た目もあって、そっくりな人間がいるとは思えなかった。袖から僅かに指を覗かせてペタペタと顔を触る。

「ああ、そうだ。吉祥寺正文先生だ」

「誰だよ。お前んとこの先公か?」

 ユウヤが出したのは、誰とも言えない人物。芸能人でも政治家でも無さそうだ。

「ええ? 知らないのかい? この街出身の国会議員で、公共事業や雇用を引っ張ってくれる人なんだ」

「んだよ族議員かよ」

「失礼だな。国会議員ってのは選挙区に恩恵をもたらす為に働く人もいるんだよ。何もないこの街が発展したのも吉祥寺先生の力添えあってこそだ」

 ユウヤの様にいい家を出ていると、そういう議員先生とのパイプもある。それ以外にも彼は音楽活動中に、地元のホールで発表会やコンクールをすると来賓として訪れるためよく知っているのだ。

「しらねー……。そんな偉い先生だったらうちのバカ親共に説教でもしてくれや」

「家庭に介入するのは政治の仕事じゃないよ」

 ともかく、今や個人や異性のタイプを芸能人で例えるのは時代遅れなのかもしれない。陽歌もその手の話題には疎く、まるでついていけていない。

「あ、オザワ死んだ」

「しゃあッ!」

 陽歌の手により画面外に弾き出され、オザワの似顔絵を貼り付けたキャラが脱落する。

「なぁ、そのキャラよく使ってるけど好きなのか?」

 ショウゴは陽歌の使用キャラに言及する。他社の人気タイトルからやってきた、怪盗のキャラクターだ。

「このキャラはよく知らないけど……ほら、このゲーム機でシリーズが配信されたじゃない?」

「ああ、これの大本か」

 彼がこのキャラを使っているのは、ハマっているゲームの影響だった。その作品のスピンオフ五作目の主人公がこの怪盗となる。

「やっぱこういうかっこいい男になりたいか? 俺はもっと渋いのがいいけど」

「ど、どうかな……なれるとは思えないけど……」

 シリーズを通しても人気のあるキャラクターで、地味な高校生が夜は心に忍び込んで悪党を改心させる怪盗というなんともかっこいい設定だ。陽歌は自分の外見に強いコンプレックスを持っており、こうは決してなれないだろうと心のどこかで諦めていた。

「なれるよ」

「無責任なこと言うなよ」

 ユウヤは率直に励ますが、ショウゴは諸手を挙げて肯定はしなかった。

「こうはいかねぇだろうが、なろうとすりゃなんかにはなれるだろ」

「……うん」

 陽歌は再びコントローラーを手に、ゲームを再開する。理想の通りにはなれなくても、何かになる為に、まずは目の前の目標を追いかけることにしたのだ。

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