舞台裏:望むだけ変えられる自分

 陽歌は現在、処遇が決まっていないのでショウゴの家にいる。家に両親が帰ってこないので都合がいいということだが、それではダメだとユウヤは譲らなかった。

「つってもよ、こっちのが気楽だろ」

 ただ、陽歌には対人恐怖症の診断が出ている。慣れたショウゴ一人と暮らす方が陽歌の負担も少ないと判断したのだ。ユウヤ宅でも試しに過ごしたが、緊張状態が続いてしまったのでこの状態で落ち着いた。

「でも、週に一回はうちに預けてくれ」

 ユウヤも譲歩するに至って条件を出した。

「ったく、今は冷食でもうまいもん食えるっての」

 ショウゴは滅多に帰ってこない父親の寝室でぐっすり眠る陽歌を見て、ユウヤの頑固さに呆れる。食事の問題だけではないだろうが、彼にとってはこの状況が適しているだろう。

「さてと……」

 ショウゴはスマホでフリマアプリを確認する。売れたものを配送する必要があるからだ。父親は不倫相手の家に入り浸り、ベッドには消臭剤をかけるまでもなく加齢臭さえ残らない。母親は買い物中毒で使いもしないブランド物や家電が家に溜まる。

 裕福な方でないショウゴが動画配信の機材を揃えたりコンピューターの使用に慣れていたのは、タンスの肥やしを売っぱらって資金を作ったり無駄に増えた家電を活かそうと使ってみたりしているからだ。

 未成年がリサイクルショップに売却することは出来ないが、フリマアプリなら父親の免許を拝借してアカウントを作って本人確認まで済ませれば、画面の向こうで誰が売っているかまでは分かるまい。相場を調べてそれより安く出せばさっさと金になるというわけだ。元手は自分が出していないので損失は皆無ときた。

「さっき売れたのはこいつだな……」

 母親は通販でポチるだけで満足してしまい、届く頃には熱が冷めている。そのため、売ってもバレない。高校生にはいい小遣い稼ぎになるので助かっている。それでも生活費を両親が置いて行かないのでそこに結構取られることも多いが。

「ったく、こんなマークの入っただけの鞄やシャツの何がいいんだ?」

 売却しながらショウゴは毎度そう思う。彼は実用性の男なのだ。

「……俺はのし上がるぜ」

 陽歌を利用していることに、全く抵抗がないわけではない。だが、家庭環境の良くない自分、そして陽歌が少しでもまともな生活をするにはこの逆転に賭けるしかない。

 日本の福祉制度は知らないと利用できないことを除けば優秀な方かもしれない。しかし、どの制度にも言えることだが適用のラインを定める必要がある。福祉制度の場合は救済対象を見定める基準に親の収入を用いているが、実はそれだと取りこぼす存在がいる。ショウゴの様に、収入面では問題ないがお金の使い方が終わっている家庭だ。

 だが自分はそこで国が悪いだ親ガチャだと他人に責任を擦り付けて己を慰める様な惨めは晒さない、とショウゴは誓った。どんな手を使ってでも、上へ向かう。望むだけ自分を、世界を変えてみせる。

「んん……」

「おう、起きたか」

 配送の準備をしていると、陽歌が起きてくる。足を引きずっているが、これはまだ怪我が治り切っていないためだ。栄養状態が悪く、傷の治りも早くはない。最初、心霊スポットの撮影で向かった廃墟で見つけた時は、助からないのではとヒヤヒヤしたものだ。

「包帯変えるぞ」

「ん……」

 ショウゴは服を脱がせ、包帯や絆創膏、湿布を変える。最初は医者にさえ脅えていたが、どうにか最初に助けた自分達だけには心を開いてくれた。過去に何があったのは詳しくは知らないが、よほどひどい扱いを受けていたのだろう。

(そういえばなんでユウヤの奴あそこに……)

 ユウヤも同じタイミングで同じ廃墟にいたが、あそこに貴重な楽器が放置されているかもしれないと言っていた。正直彼はこの発言を信じていない。いくら音楽バカとはいえ、どんな宝探しだ。

「よし、いいぞ」

「……ありがとう」

 喧嘩に明け暮れていたこともあり、ショウゴの手当はスムーズ。陽歌は優しく微笑んで礼を返す。なんだってそんな素直なんだ、と自分のひねくれた性格と比較して彼に聞いたことがあったが、どうも「お礼を言える様なことをしてもらえたのがうれしい」らしい。

(変わった奴……)

 いじめられっ子が国民的漫画の眼鏡みたいに心優しいなどというのは幻想だ。理不尽な目に遭えば遭うほど、性格は歪む。それをいじめっ子に向ければいいのに、より弱いものを攻撃してストレスを晴らそうとする。弱みを握られない様に、逆に相手の弱みを掴んでマウントを取ろうとする。

 だが陽歌にはそんな気質が見えてこない。

「お前、やり返したりしねーのか?」

 それがどうしても気になって、ショウゴは聞いてみた。もちろん、出来っこないと思ってのことだ。

「……逃げるので精いっぱいかな」

「逃げられるんなら上等か」

 彼なりに戦ってはいた。三十六計逃げるにしかず。逃げるは恥だが役に立つ。体型で勝ち目がないのなら、逃げるのも立派な戦術だ。

「ショウゴは……お父さんとお母さん帰ってこなくて寂しくないの?」

「全然」

 陽歌から聞かれたが、これには即答できる。陽歌はオブラートよりも薄い可能性に賭けて『本当の両親』を探す程度には、親からの愛情に飢えている。ショウゴにもそんな時期があったが、もはや諦めて手の届く友人からの信頼で満たす様になっていた。

「親だからって子供を無条件で愛するなんてナイーブな考えは捨てろ。本当に愛していたら転売用の化粧品万引きさせねぇって。コメントの反応みたろ?」

「……うん」

 動画内で、一応ネットで人探しをすることや親元に返さないことの正当性を示す為に陽歌の受けた虐待を可視化しておいた。その結果、コメントでは『絶対に親元に戻すな』という返信が相次いだ。

 『子供がやったこと』を適用するため、そしてバレた時に自分が捕まらない為に陽歌に万引きをさせていた。彼は親に愛してもらいたい一心で頑張ったが、腕を失った結果がこれだ。

「だったら、俺と一緒に頂上てっぺんから探しに行こうぜ。愛してくれる人をな。上から見下ろした方が探し物は見つかりやすいんだよ」

 ショウゴは自分にも言い聞かせる様に、そう言った。とにかく上へ、そうすれば自分が望むものを手に入れられると信じて、ショウゴは目指していく。

 

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