ストリーマーの三匹:teamトライキマイラ
級長
初配信:このチャンネルの目的
配信画面に映るのは、綺麗に整えられた部屋と二人の歳が離れた少年。今日はこのチャンネル、トライキマイラTVの初配信だ。動画を見て配信に来てくれた人も多々おり、日曜日の昼間ということもありそれなりに参加者がいる。こういう配信というのは深夜に行われるものだが、諸般の事情からこの時間帯が選ばれた。
「どうも! トライキマイラTVの初配信へようこそ! 今日は俺、
挨拶をしたのは、年上の少年。黒髪を伸ばして精一杯チャラついているが、整髪料も付けていないのではただ髪が長いだけ。ツンツンさせることも叶わない。眼鏡も相まって優等生に見える。
「というわけでお前ら、分かってるな? 変なコメ書いたら……」
「だ、ダメ……ですよ。せっかく来ていただいているのに……」
しかしカメラにガンを付け、拳を鳴らして視聴者を威嚇する姿は典型的な不良そのもの。年下の少年が止めに入っても構うことはない。
「いいんだよ。荒らしなんて百害あって一利無し。有益な情報をお前も逃したくないだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
年下の少年、陽歌は余った袖から覗く指で顔を隠したまま答える。その指は曲面のパネルに覆われ、黒いシートでカバーされている。言うまでもなく、義手の類だ。
「お前顔隠してちゃ意味ないだろ」
「わ、わわ、分かってるけど……つい」
手は顔にピッタリ張り付いているが、彼自身は取りたいのか必死に頭を振る。キャラメル色の髪が揺れる。声は年齢が小学生くらいというのもあり、そよ風の様な弱々しさがある高いものだ。
「動画じゃ見せてたろ」
「リアルタイムで全世界に配信してるとおも、思うと」
「……こいつの準備が出来るまで、このチャンネルの概ねの目的を言っておくぞ」
こうなると陽歌はすぐに動けない。それを知っているのでショウゴは無理強いをせず、時間を稼ぐためチャンネルの話をする。全世界に本名と顔を晒し、見世物になる理由など人それぞれ。
自分の作ったものを発表したい。自己顕示欲を満たしたい。お金がほしい。しかし、陽歌の目的はそのいずれでもなかった。
「こいつの本当の両親を探している。警察に行ったんだがな、待たされた挙句はぐらかされちまって。最初の動画で言ったと思うが事情が複雑で」
ショウゴが説明していると、陽歌は決心を付けたのか顔を出す。表情は硬いが顔立ちは整っており、男女の境が曖昧な年頃ながら少女の様にも見える。桜色の右目と空色の左目のオッドアイという、さらに目を惹く特徴も持っている。
「……、ふぅ」
深呼吸をし、落ち着きを取り戻した陽歌は震える声で話を続ける。心を落ち着かせるためか、指先は絶えずもじもじと交差していた。右目の泣き黒子は憂いを帯びた表情もあり、歳不相応の色香を漂わせる。
「行けるか?」
「はい」
ショウゴは彼に確認を取り、バトンを渡す。
「えっと……ボクのお父さんとお母さんが、その、ボクは血が繋がってないって。それで、遺産の為に引き取ったって……」
陽歌は彼なりに一生懸命話すが、喋る方に気を取られて内容がまとまっていない。
「それで……それで……」
加えて、自分の動く姿が画面に映っていることに気づき、羞恥心が限界を超えたのか顔を赤らめて可愛らしい悲鳴を上げながら手元にあったゲームのコントローラーで顔を隠してしまう。
その時、コメントにある文言が流れてきた。
『まとめると、彼の両親は養父母で』
『陽歌くんを最初に引き取ったのは彼らの両親』
『遺産の相続条件に彼の養育を盛り込んだらしい』
『それを遺産を使い切ったか何かで捨てたところで僕らが出くわしたということです』
丁寧にまとまったコメントは理解を助けてくれるが、それを見てショウゴは絶句する。そして画面外に怒鳴る。
「んなっ、おいユウヤ! お前せっかく陽歌の奴が話そうって時に!」
「あ、いいんですいいんです。助かります」
画面外にはもう一人いる様だ。その為、視聴者側のデバイスでは遠くから声が聞こえる。
「お前は視聴者画面から見た不都合だけ教えろ! いいな!」
「それだと僕の仕事量少なくない?」
「ええいデジタルディバイトの申し子め! 設定弄るパソコンはこっちにあるんだからしょうがねーだろ!」
視聴者には存在が明らかになっていなかったが、動画では顔を出していたので彼のことは知っている者も多いのかコメントで言及があった。
『いたのか』
『ユウヤおった』
『陽歌くんはともかくなんでこの二人は組んでるの?』
画面外でショウゴとユウヤが言い合いをしているので、仕方なく陽歌が状況を説明する。
「えっと、言うなればスポンサーさん……です。ボクの義手を作ってくれたのがユウヤのお父さんなんだ」
彼は義手の指先を画面に映して話す。すぐに引っ込めてしまったが、今時は四肢欠損も再生治療で治す時代。保険適用も追い風となっており、義肢や人工臓器、臓器移植は過去の物となった。しかし、人間は工業製品の様に均一な存在ではない。
「僕の父は音楽家でね。再生治療が一般化する前からある研究もしていたんだ」
ショウゴに変わって画面に入ったのは、金髪の美少年。このチャンネルのもう一人の立役者、
「彼の様に遺伝子疾患があると、再生治療が受けられない。そこで活躍するのが、父の開発した楽器の演奏にも耐えうる精度の義肢だ」
「お前疾患とかもろプライベートなことを……」
ユウヤとショウゴが画面の隅でわちゃわちゃと揉め始めたので、陽歌はどっちを意識していいか少し悩んだあと、画面を見る。
「こ、今回は雑談配信のテストってショウゴ言ってたね。何話そうか……警察は対応してくれなかったんですか……? うーん、ボクは行ってないから分からないけど……」
とりあえず、とコメント返信を行う。最近はSNSで行方不明者を探す人も多いが、それはストーカーやDV加害者が逃げた被害者を探す為に善意を利用している場合が多く、真っ当な理由で探したい側は警察のお世話になるのがベストだ。
「ああ、一応虐待の件はなんとかするけどそこまでは追えないってさ」
ショウゴも画面内に戻ってくる。元々、育ての親の親夫婦に養子縁組されていたのならそれ以前の経歴は年齢的にも残っていないだろう。幼い捨て子を拾いましたで済む話なので、遡りようがない。
「つーわけで、お前らも情報提供よろしくな。このまま調子がいいなら、ゲームのテストもやるけど……」
ショウゴは陽歌の体調を見てテストを続ける。彼は特に何も言わないが目を擦っていたので中断の判断を下す。
「よし、今日はここまでだ。おつかれちゃん」
ここで配信はすっぱり終了した。
@
配信終了のボタンを押したことを確認し、ショウゴは一息つく。陽歌は電池が切れた様にぱったりと眠ってしまう。ユウヤは彼をソファに寝かせ、タオルケットを被せる。
「よし、視聴者側からも問題はないよ」
「ったく、お前そっちに集中してろっての」
口を挟んできたユウヤに苦言を呈するショウゴ。ユウヤも何か言いたいことがあると返す。
「さすがに生配信はリスキーではないか? アクシデントもあるし、住所特定の要因が増える」
「へ、機械音痴が知識だけ半端に仕入れやがって。配信は編集が要らない分頻度上げられるんだよ。誰かが切り抜きでも作ってくれればめっけもんだ」
第一、と彼は続ける。
「お前は親父の会社の義手が宣伝したいから、目的を達成してもこいつを引っ張るつもりだろ? 俺はチャンネルが成長すれば陽歌に頼る必要はねぇ」
一応事実でもあるので、ユウヤは少しムッとした。
「君も自分の名前を売る為に陽歌くんを利用しているだろう? 僕らは再生医療の代替えとしての筋電義肢を広める使命がある」
「そのためには、遺伝子疾患のある欠損患者がいるってか」
一見、問題無く回っている様に見えるこのチャンネルだが、陽歌を挟んでいなければ相容れない二人を抱えている。さてはて、彼らの行く先とはどこなのか。
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