第50話 『兄の力』


「それじゃあ、まずファルからやろうか」


「はい、お願いします」


 全員の準備が済むと、兄ちゃんは軽く準備運動をしながら最初の模擬戦相手にファルを誘った。


 2人は木剣を手に持つと、一定の距離を空けて向かい合った。


「2人共準備はいい?」


「いつでも」

「問題無い」


 2人は既に木剣を構えて準備万端なようだ。


「それじゃあ、模擬戦……始めっ!!」


 俺の宣言と同時にファルが動き出す。


 先手必勝とばかりに駆け出したファルは、その勢いのまま兄ちゃんが持っている木剣に自分の木剣を振り抜こうとする。

 兄ちゃんはその攻撃を流そうと木剣を傾けた。


 しかし、ファルが振るった木剣は急激に剣を持つ兄ちゃん右手の手首へと軌道を変化させる。


「上手いっ…!」


 観戦しているクリスが思わず声を出した程の一撃だったのだが、兄ちゃんは即座に反応してその一撃を木剣で受け止めた。


 そして、一旦距離を空けようとバックステップしたファルの脇腹へ、兄ちゃんのミドルキックが突き刺さる。


 不意の一発に顔を歪ませるファル。


 兄ちゃんがそんな隙を見逃してくれるはずも無く、今度はファルの手首へ木剣を振り抜いて仕返しをする。


 ファルは痛みで木剣を落としてしまったが、諦める事無く素手で兄ちゃんに襲い掛かろうとする。


 足を取ろうとタックルを仕掛けるファルの顔に、兄ちゃんは膝蹴りを合わせた。


「うわぁ…あれは痛そうだよ…」


 クリスが俺の横で顔を青くしながらファルを心配している。


 そのファルは鼻と口から血を流してフラフラになりながらも、なんとか立ってまだ兄ちゃんに立ち向かおうとしている。


 だが、兄ちゃんは遠慮なくおぼつかない状態のファルの足を木剣で掬い上げて転がす。

 そして、仰向けで転がったファルが起き上がってこないように、肩を足で踏みつけて首元に木剣を突き付けた。


「ま…参りました……」


 ファルは成す術も無く降参した。


「いやー、強くなったなファル! 手首への攻撃はちょっとヒヤッとしたぞ!」


「いや…手も足も出ませんでした……」


「ファルならまだまだ強くなれるって」


 模擬戦が終わって、兄ちゃんはファルに肩を貸しながら俺達の元まで連れてきた。


「リンク、ポーションあるか?あるならファルに使ってやってくれ。 使った分は後で俺が買うから」


「わかった。 クリス、『収納魔法』からエマが渡してくれたポーションを出して飲ませてやってくれ」


「うん、わかったよ」


 俺はクリスにファルの事を任せると、置いてあった木剣を手に持った。


「兄ちゃん、次は俺で」


「よーし、リンクの成長も見させてもらおうかな」


「お手柔らかに頼むよ。 それじゃ、オードリー開始の合図を頼む」


「………」


「…ん? オードリー!」


「えっ!何!?」


 コイツ……。

 また兄ちゃんに気を取られてたな……。


「開始の合図を頼む…」


「わ、わかった!」


 オードリーは少し不安だが、俺は木剣を構えて兄ちゃんと向かい合った。


 久しぶりだなぁ…。

 ファルと同じで、俺も兄ちゃんとの模擬戦は5年ぶりぐらいだ。

 さっきの模擬戦を見る限り、兄ちゃんも相当強くなってるみたいだけど、俺も成長出来てるから大丈夫なはずだ…


「準備はいい!?」


「おう」

「大丈夫だ」


「それじゃあいくわよ? ……始めっ!!」


 オードリーの合図が耳に入ってきても、俺は慌てる事無く木剣を構えたままゆっくりと兄ちゃんへ近づいてゆく。


「へぇ…リンクはえらく慎重だな。 それなら俺から仕掛けさせてもらおうかな!」


 そう言うと、兄ちゃんは一気に間合いを詰めようと前へ飛び出した。


「っ!速っ…!」


 俺は兄ちゃんの動きを目で捉えながら防御の体勢を整える。


 速攻で距離を詰められたと思ったところで、すぐさま1発目の剣撃が俺の頭へと向かってきた。


 それを剣で受け流して躱すと、兄ちゃんのガラ空きの腹に前蹴りを放つ。


 足に確かな重さを感じて吹っ飛ばしたので、結構良い一撃が入ったと思ったのだが、兄ちゃんは全然モノともせず再び距離を詰めてくる。


 しかし、流石に全く効いてなかった訳でも無いようで、兄ちゃんの足がもつれそうになったのを俺は見逃さなかった。


 俺はそのチャンスを活かすため、こちらからも攻撃を仕掛けようと、再び上段に剣を振り上げた兄ちゃんの足元へ剣撃を放つ。


 入るっ…!!


 俺の振るった木剣がスネを捉えたと思ったその瞬間、兄ちゃんの足が素早く引っ込まれて木剣が空を切った。


 あれっ……?


 俺は何が起こったのか理解しようとしたのだが、気付くと肩に激痛が走って余計パニックになる。


 反射的に視界を広げようと顔を上げた俺の目に映ったのは、顔の前まで迫ってきている兄ちゃんの足だった。


 ドゴッ!!


「ぐっ!!!」


 なんだっ…!? 何が起こった!?


 強い衝撃を受けたと思った次の瞬間には、こめかみに酷い痛みを感じて、しかも、視界には空が歪んで見えている。


 空…? 俺…寝転んでるのか……?


 徐々に狭まっていく視界の中、兄ちゃんが申し訳なさそうな顔で俺を見下ろしているのが目に入った。


 早く立ち上がろうと手足に力を込めるが、全く体が言う事を聞いてくれない。


 遂に視界のほとんどが白く染まってしまい、どんどん意識も遠ざかっていく。


 そして、気を失う寸前というところで兄ちゃんの声が聞こえた。


「悪いリンク…。加減を間違えた……」


 兄ちゃんのその言葉を最後に、俺は完全に意識が途絶えた…




 んん……朝か?


 あれ…? 違う、外?


「痛っっ!!」


 目覚めると俺は何故か外で寝ていて、意識がハッキリしてくるにつれて頭と肩に酷い痛みを感じた。


「ようやく意識が戻ったか」


 寝ている俺の左側から声が聞こえたので目を向けると、ファルが俺の横に座って遠くを見つめていた。


「リンク、大丈夫かい…?」


 今度は右側からクリスが声を掛けてきた。


「大丈夫…? あぁ…そうか、俺は兄ちゃんに失神させられたのか……」


「見事な蹴りが入ったからね。 とりあえずポーション飲んでおいた方がいいよ。ほら」


「あぁ、ありがとうな」


 俺はクリスに手渡されたポーションを一気に飲み干して周りの状況を確認する。


 失神した俺を挟んでファルとクリスが座っている。

 そして、遠くでは何故かオードリーが兄ちゃんに戦い方を教わっているのが見える…


「……アレはどういう状況だ?」


「あぁ…アレね…。 リンクが倒れた後に僕とニコールさんで模擬戦をしたんだけど、終わっても君が目を覚ます気配が無かったからオードリーが頼み込んでああなったんだよ…」


 えっ、俺はそんなに気を失ってたのか…?

 ……確かにクリスの服も土で汚れてる。


「クリスの模擬戦はどうだったんだ?」


「全く何もさせてもらえなかったよ…。 リンクに加減を間違えた後だったから、多少は優しく相手してくれたみたいだけどね」


「そうか…。 それで、アレはどれぐらい前からやってるんだ?」


「えー、そろそろ20分ぐらい経つんじゃないかな?」


 20分…結構長い事失神してたんだな俺は。

 それにしても…なんて幸せそうな顔で教えてもらってるんだオードリーは……


 俺が兄ちゃんとオードリーの様子を眺めていると、どうやら2人は俺が目覚めた事に気がついたようで、こちらへ向かって歩いてくる。


「ようやく目が覚めたのね! ポーションはもう飲んだ?」


「あぁ、さっき飲んだから大丈夫だ」


「リンクすまん! 間違えていつも騎士仲間と模擬戦してる時ぐらいの力で蹴っちまった!」


「全然大丈夫だよ。加減を間違えるのはよくある事だから」


「……よくある事なのか?」


「あるあるだよな?」


 俺がファルとクリスの方を向いて確認すると、2人は頷いて肯定する。


「俺が言えた事じゃ無いけど、お前らは普段からどんな模擬戦をやってるんだ……」


「ちょっと…激しめ?」


「ハァ…相変わらずだな」


 兄ちゃんは呆れたようにため息を吐いた。


「そんな事より兄ちゃん、さっきの模擬戦の事なんだけど」


「ん?なんだ?」


「俺が前蹴りを決めた後に兄ちゃんの足がもつれたように見えたんだけどさ、あれって…もしかして罠?」


「うーん……バレたか」


 やっぱそうか……対処が異常に速過ぎると思ったんだよ!

 わざともつれたような足捌きを見せて、見事攻撃を誘って隙を突いた訳だ。


「怖い事するなぁ…」


「Dランク冒険者があんな事で怖いなんて言っててどうするんだ。 正直に言うけど、対人戦闘に関してはリンクが1番お粗末だったぞ?」


「えっ…? マジ?」


「あぁ、マジだ。 ファルは対人戦闘に関してなかなかのセンスがあると感じたし、クリスの防御力は対人でも有効だな」


「……俺はそんなに酷かった?」


「いや、別に酷いって訳じゃないんだ。 ただ何かが足りない気がする」


「何かが足りない…わかった。ちょっと考えてみる」


「ここなら良い経験が積めるはずだ。その為に造られたんだからな」


 ここなら? その為に造られた?

 兄ちゃんは何を言ってるんだ…?


 ここって王都の事じゃなくて、多分訓練所の事だよな?

 その為に造られたって言ってるし。


 冒険者ギルドと傭兵ギルドが合同で造った訓練所……ああ!そういう事ね!


 この訓練所は冒険者が傭兵達と一緒に訓練をして、対人戦闘に慣れる事を目的として造られたのか!


 でも、何故王都では冒険者にも対人戦闘能力が求められるのか…?

 そんなの決まってる。他国から攻められた時の防衛戦力として冒険者も数えられてるって事だ。


 そうか…。

 世界が違えど、戦争はあるんだよな…


 俺に足りない何かは、人と本気で戦う覚悟なのかもしれない……




 また一つこの世界について知った俺は、生きていく為にも戦える力を身につけようと心に決めたのだった。

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