第47話 『前準備』


 広場を抜けて北大通りへ入ると、周りの雰囲気が少しだけ変わったのを感じた。


「……なんか急に空気が重くなったような気がするな」


「確かに…。少しだけ緊張感があるね」


 仲間達の表情を確認してみると、クリスだけじゃなくファルとオードリーも引き締まった表情に変わっている。


 俺達はさっきまでの観光気分からは打って変わって、少し周囲を気にしながら大通りを進んでいく。


 周りを歩いてる人達の雰囲気が明らかに普通じゃ無い…

 良くない言い方をすれば堅気かたぎには見えないってやつだな……




 北大通りを歩く事約20分、ようやくギルドの施設らしき大きな建物がチラホラ目に入るようになってきた。


「えーっと、アレ…か?」


「うーん、どっちだろうね…?」


 何故俺達がこんなにも困惑しているのかというと、今いる場所の約100m先に大通りを挟んで2つの大きな建物が対面で建っているのが見えているからだ。

 しかも、どちらの建物も屈強そうな者達が出入りしている。


「おそらく、冒険者ギルドと傭兵ギルドだろうな…」


「そうだね…。とりあえず近づいてみて看板を確認しないと」


「そうだな」


 大通りを進んでいくと、ようやく2つの建物に掲げられている看板が見えてきた。


「えーっと、冒険者ギルドは…左か。右はやっぱり傭兵ギルドだったな」


「なんでこんな対面に建てる必要があったのよ……?」


「さぁ…なんでだろうな」


 ちなみに、冒険者ギルドの看板にはドラゴンが華やかに装飾がされていて、傭兵ギルドの看板には剣と斧が無骨に装飾されている。


 ひとまず俺達は冒険者ギルドへ入る事にした。

 外観からでもわかっていた事だが、内部もモルフィートの冒険者ギルドより圧倒的にデカいし広い。


 今は昼頃なのだが、それでもギルド内には結構な数の人がいるのが見て取れる。

 朝と夕方には半端じゃ無い混雑が起こるのかもしれない。


「とりあえず、ここからは予定通り二手に分かれて動こうか。クリスとオードリーは聞き込みと依頼掲示板から情報を集めてくれ」


「「了解」」


「俺とファルは資料室で調べ物をしてくる。集合は1時間後ぐらいにこのギルド入り口近くで」


 やる事が決まったので、俺達はすぐに動き出した。

 俺とファルは暇そうなギルド職員に資料室の場所を教えて貰って、言われた通り2階奥にある資料室へと向かった。


 資料室へ入ると、中は結構な広さがあり、調べ物をしている冒険者達もチラホラ目に入る。


 俺とファルもバラバラに分かれて調べ物を始める。

 まず俺が調べようと思ったのは、今回王都へ訪れた目的の1つダンジョンについてだ。

 俺は資料室に並ぶ大量の資料と本の中から、ダンジョン関連の物を見つけ出して黙々と読み始めた。


 『王都北ダンジョン 難易度E』……これだ。


 資料の中にはダンジョン内部の構造や、出現する魔物の種類など様々な情報が結構細かく明記されている。


 出現する魔物は初めて戦う奴ばっかだな…

 難易度Eダンジョンだから大した事は無いだろうけど、一応俺の頭には情報を入れておこう。

 事前に情報を集め過ぎるのは自分達の成長を阻害する可能性もあるのであまり良くは無いんだが、パーティメンバーの命を預かる身としては情報収集を怠るわけにはいかない……


 俺は王都の北にある難易度Eダンジョンについて一通り調べ終えたので、余った時間で次々と気になった資料を読み漁っていく。




「リンク」


「んへっ!?」


 俺が資料を集中して読んでいると、いきなり肩を掴まれながら名前を呼ばれた。


「くっ…!そ、そろそろ1時間、経つぞ…ブフッ!!」


 俺にいきなり声を掛けてきた犯人はファルだったのだが、どうやら俺の情けないリアクションがツボに入ってしまったらしい。


「ファル……時間を教えてくれたのはありがたいんだけど、とりあえず人の顔を見ながら笑うのはやめようか」


「スマ、スマン……ぐっ!!」


 目の前のファルが必死に笑いを堪えている。


「そんなに面白かったか?俺の『んへっ!?』が」


「ブッ…ブ、ブフゥハッハッハッ!!」


 俺が驚いた時の表情を忠実に再現してやると、ファルは思いっきり吹き出して笑い始めた。


「お、おい…!デカい声で笑うなって…!」


 もちろん原因は俺にもあるのだが、静かな資料室に響き渡る程の笑い声に焦った俺は、慌ててファルの口を手で押さえながら資料室の外まで引きずり出した。


「ハァ…収まったか?」


「ふぅー、……あぁ、やっと落ち着いてきた」


 ファルは笑い過ぎたのか、まだ目に涙を溜めている。


「それならさっさと集合場所へ行くぞ。誰かに顔を覚えられたりしたら厄介だ」


「そうだな…スマン」




 俺とファルがギルド入り口まで戻ってくると、既にクリスとオードリーは入り口横で俺達の事を待っていた。


「悪い遅くなった!もしかして結構待たせたか?」


「いや、大丈夫。そんなに待ってないよ」


 クリスの表情を見るに、気を使って嘘をついているわけでも無さそうだ。


「そうか…なら良かった。それで?情報収集は各々上手く出来たか?」


「僕の方は一応必要な事を聞けたと思うよ」


「王都周辺の魔物については、なんとなく把握する事が出来たと思う」


「私はそんなに情報を集められなかった……」


 なるほど…。

 クリスは上々、ファルは普通、オードリーは惨敗って感じか。


 一応、口下手なファルよりはオードリーの方が聞き込み出来ると思ってたんだが、どうやら俺の采配ミスだったようだ…


「まぁそれは仕方ない。人には得手不得手があるんだから」


「……なんか傷付く言い方なんだけど!」


「納得してくれ…。そんな事よりクリス、頼んでいた情報は手に入ったか?」


「あぁ、バッチリだよ。値段、食事、場所の3つを考慮した上で、僕達に最適な宿屋が見つかったと思う」


 俺はクリスに聞き込みで良い宿屋を見つけておいてくれと前もって頼んでおいたのだ。


「よし、なら早速宿を取りに行こう。早く行かないと部屋が埋まるかもしれないしな」


 まだ軽く落ち込んでいるオードリーを引っ張って俺達はギルドを出た。




 クリスの先導で大通りを歩いていき、途中広めの路地へ入ったりしながらも進んでいく事約10分、ようやくクリスが1つの建物の前で立ち止まった。


「うん、ここだね。この宿屋が聞き込みで評判が良かったところだよ」


「えーっと……『鶴楽亭かくがくてい』?」


「うん、その読み方で合ってるよ」


 目の前の宿屋に掲げられている看板には『鶴楽亭かくがくてい』という名前と、踊り狂う鶴の絵が描かれている。


 なんでこんなトリッキーな名前にしたんだ……?

 ちょっと不安になる看板だけど、評判は良いみたいだし入ってみるか。


 宿の扉を開けて中へ入ってみると、入ってすぐ目の前に2階へと続く階段があり、右側には受付、左側には20人程が座れる広めの食堂がある。


「いらっしゃい!ちょっと待っててちょうだい!」


 俺が色々眺めていると、食堂の奥から明るい声が聞こえてきた。

 そして、食堂の奥にあるキッチンから恰幅の良い『ザ・お母さん』という感じの女将さんが出てくる。


 その女将さんはそのまま歩いてきて、俺達の右側にある受付の中へと入った。


「改めていらっしゃい。お客さんで間違いないかい?」


「はい。部屋は空いてますか?」


 俺が4人分の空室があるか確認してみると、どうやら最近まで埋まっていた部屋が一気に空いて、今は空室が結構あるようだ。

 女将さんが言うには、騎士学校入学前の子達や騎士団入団前の人達が入寮前まで泊まっていたらしい。


 1人部屋が4つ空いているようなので、1週間分を朝夕食付きで取る事にした。


 1部屋1泊5,000ブラン、食事込みで5,500。

 それを4人で1週間分なので、計154,000ブランの支払いになる。


 結構出費がキツい事になったな…

 パーティの口座にまだ結構な額残ってはいるけど、不安だから依頼をこなして稼いでおかないと…!!


 その後、俺達は部屋に荷物を置いて、女将さんおすすめの飯屋で昼食を済ませる事にした。

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