第40話 『ジョーク・デリンジャー』


 ギャァァァオオオオ!!!


 俺がジョークさんへの不安を募らせていると、頂上の方からあの日聞いたドラゴンの鳴き声が聞こえてきた。

 さらに、その後すぐに激しい戦闘音も聞こえてくる。


「始まった・・・!!」


 戦闘音は思ってたよりも遠くない距離から聞こえてくる・・・

 この距離なら戦闘の流れによっては俺達からも見えるかもしれない!


 ドンッ!!!


 俺が戦闘音だけで状況を把握しようと耳を澄ませていると、突然とてつもなく大きな衝突音のようなものが聞こえた。


「っ!!」


 すると、横にいたファルがいきなり俺の服を掴んで、頂上とは反対方向へ俺を引っ張っていく。


「なっ!? どうしたファルッ!?」


「頂上の方で何かが崩れるっ!!!」


「はぁっ!?」


  崩れるって何が!?

 まさか土砂崩れが起こるなんて言わないよな・・・!?


 ファルに引っ張られて結構な距離を後退したその時、俺の耳にも何かが崩れるような音が聞こえてきた。


「いったい何が起こってる・・・?」


 俺は引っ張られながらも頂上付近から視線を切らずに状況を観察していた。

 すると、いよいよ頂上付近から山が崩れ始めたのだ。

 幸い土砂は俺達がいる方へは流れて来ていない。


 そして、その崩れた土砂の中から見覚えのあるドラゴンが空へと飛び出してきて、鳴き叫びながら何かを振り払おうと上空で暴れている。


「おいおい・・・ まさか!!」


 目を凝らしてドラゴンの背中をよく見ると、死神が持つようなデカい大鎌をドラゴンの背中に突き刺して掴まっている、楽しそうなジョークさんが目に入った。


 嘘だろ・・・!? なにしてんのあの人!?

 しかもめちゃくちゃ笑ってやがる!!


 ジョークさんは上空でドラゴンに振り回されながらも、絶叫マシンで楽しんでいるような笑顔を浮かべている。


「ははっ・・・ イカれてるなあの人・・・」


 俺が呆れながらもその光景をずっと眺めていると、流石のドラゴンも動き続けるのに疲れてきたのか、上空で動きが落ち着き始めた。


 その瞬間、ジョークさんは突き刺していた大鎌を引き抜いて、俺の目では捉えられない程のスピードでドラゴンの首元まで移動していた。

 そして、移動を完了するのと同時に大鎌を振りかぶる。


 すると、俺は信じられないものを見た。

 ジョークさんが振りかぶっている大鎌の刃が、いきなり20m程の長さまで伸びたのだ。


 しかし、ジョークさんは長く伸びた刃の事など意にも介さず、そのまま大鎌をドラゴンの首へと振り抜いて、頭と体を切り離した。


 ・・・や、やりやがった!! なんだよ今の!

 ってかあの首を切断するってどんな筋力してんだ・・・!


 俺は目の前で起こったことが信じられず、ただただ呆然としていた。

 しかし、急にふと我に返り、この後起こる事へと意識を集中させた。


「ヤバいっ!!あんな高さから落ちてきたらジョークさん死ぬって!!」


 そう・・・ 頭と体を切り離されて死んだドラゴンと共に、ジョークさんも上空から落ちてきているのだ。


 俺とファルは慌てて落下地点の方へと駆け出した。

 まだジョークさんは落下してきている。


 どうする!? 俺とファルなら受け止められるか!?

 いや、駄目だ! 一緒に落ちてくるドラゴンに押し潰されちまう・・・!!


 ・・・打つ手がない!!


 俺が必死に打開策を考えていると、落下してくるジョークさんが俺達へ向かって声を掛けてきた。


「ちょっと君たちぃぃ!! 近寄ってきたらあかんやんかぁぁ!! 僕は大丈夫やから離れといてぇぇ!!」


 それを聞いた俺とファルは急停止して、被害が及ばない範囲まで急いで下がる。

 めちゃくちゃ心配だが、ジョークさんを信じて成り行きを眺める事にしたのだ。


 ジョークさんはどんどん落下してきて地面へ近づいてくる・・・

 いよいよ地面に追突するってところで、俺は見てられなくなって目を背けた。


 バッッファーーーン!


 んん・・・? なんた今の音?


 俺は背けていた目を再びジョークさんの方へと向ける。

 すると、地面に落下して直撃したはずのジョークさんが、上空へ向かって逆に飛び上がっていた。

 しかも、ドラゴンの死体までもが飛び上がっているのだ。


「えっ・・・!? なんで!?」


 飛び上がる勢いが収まると、再びジョークさんとドラゴンの死体が落下を始める。


 今度はしっかりと何が起きたのか見るぞ・・・


 遂にジョークさんの体とドラゴンの死体が地面へ追突すると思われたその瞬間、固いはずの地面が何故かプリンのようにプヨプヨになり、フニョンッとジョークさん達を受け止めた。

 そして、トランポリンのように再び上空へと弾き返したのだ。


「・・・もう無茶苦茶だ。全く意味がわからない」




 その後も何度か同じような事を繰り返して、充分勢いが無くなったところでジョークさんはスタッと地面へ着地した。

 そして、俺達へ向かって手招きをしてきたので、俺とファルはジョークさんの元まで駆け寄っていった。


「お疲れ様です・・・。本当にとんでもない戦いを見させてもらいました・・・」


「ちゃんと学べそうな事は見つけれた?」


 ジョークさんがニヤニヤしながら俺を試すようにそう尋ねてくる。


 ・・・学べるもなにも、何が起きているのかすら理解出来てねぇわ!!


「いえ・・・ なにも」


「ヒャッヒャッヒャッ!そりゃそうやわな!」


 ・・・・・悪魔かよ。


 ジョークさんは一通り俺の事を揶揄からかうと、ドラゴンの死体をその場で解体し始めた。

 俺とファルもそれを手伝いながら話を続ける。


「全く何が起こってるのか理解出来ませんでした。でも1つだけわかったことがあります・・・」


「へ〜、何がわかったん?」


「ジョークさんが魔法スキルを2つ持ってるって事です」


「おっ!ちゃんと見てるやんか。そう、君の言う通り僕が持ってる魔法スキルは『収納魔法』だけやない」


 やっぱそうだよな・・・

 そもそも『スキル』には、魔法スキルと魔法スキル以外がある。

 魔法スキル以外と言っても、その中には『剣術』などの武術系スキルや、『体幹』などの能力向上系スキルもあるが、結局は人間の能力の延長線上にあるもので、超常的な現象を起こせるのは魔法スキルだけだ。


 要するに、ジョークさんが戦闘中にやっていた大鎌の刃を伸ばす事と、地面をトランポリンの様に変えた事、この2つはどう考えても魔法スキル以外で出来るような事じゃない。

 よって、『収納魔法』以外にも何か魔法スキルを保持している事がわかった。


 しかし『スキル』の中には魔法スキルに近い能力のものもある。

 例えば俺の『能力把握』などがそれに当たる。

 だがその『能力把握』も、結局は人間に元々備わってる自己分析力と観察力の延長線上にあるものでしかない。


 それにしても意味深な言い方だな・・・

 今のジョークさんの言い方だと、下手したら魔法スキルを3つ以上持っててもおかしくないんじゃないか・・・?


「『収納魔法』だけじゃない、ですか・・・」


「君ぃ、嫌なところに引っかかるなぁ・・・ とりあえず、さっきの戦いで使った魔法スキルだけは教えといてあげる。さっき使ってたのは『伸縮魔法』や」


「『伸縮魔法』ですか・・・」


 それなら大鎌の刃を伸ばせていた事は納得出来るな・・・

 たしか『伸縮魔法』は物を伸び縮みさせるだけの魔法だったはず。

 使い方次第だって事はわかってはいるけど、まさかドラゴン退治で使われたのが『伸縮魔法』だったとは・・・


「この『伸縮魔法』は便利やでー? さっき見たように刃を伸ばせるのはもちろんの事、地面を伸び縮みさせて落下の勢いを殺す事にも使えるし、逆に勢いを倍増させる事だって出来るんやから」


「そういう応用の仕方も出来るんですか・・・ これでさっき目の前で起きた現象がなんだったのか理解出来ました」


 本当に魔法スキルは使い方次第なんだな・・・


「それだけやないで? 筋肉や関節などを素早く伸縮させる事で、運動能力の向上も出来るんやから。さっき君がやってたみたいにね!」


「なるほど・・・」


 ・・・なんか俺もどうやって運動能力を向上させたか言わなきゃいけない感じか・・・?

 でもこの世界に無い概念を誰かに説明するのは正直怖いんだよな・・・ とんでもない事が起こっても責任なんて取れないし。


 とりあえず話題を変えるか・・・


「というか、ジョークさんは元々なんですか?」


「へぇー!ほんまによく調べてんなぁ! の事も知ってんねや!?」


「まぁ、貴重な本などを読む機会にも恵まれましたからね・・・」


 俺が言った『ダブル』というのは、極々稀に祝福で魔法スキルを2つ与えられた人達の事を表す言葉だ。

 ダブルの人口はおそらく1000万人に1人ぐらいしか存在しないと言われている。


「なるほどねぇ。でも残念ながら僕は元々ダブルやったわけちゃうよ」


「えっ・・・? じゃあどうやって?」


「内緒♡」


「くっ・・・!!」


 くそっ! もしかして俺は馬鹿にされてるのか!?

 そもそも元々ダブルじゃないって話も本当なのかわからないし!!


「流石に可哀想やしヒントをあげよう!」


「・・・なんです?」


「Bランクまで上がってくれば君達にもわかるよ」


「・・・Bランク?」


「はい! 雑談はここまでや。さっさと解体を済ませるよ!」


「わかりました・・・」


 Bランク・・・ そこまで冒険者ランクが上がれば何か知る機会が訪れるって事か・・・?

 そもそも、魔法スキルを手に入れる方法があるなんて聞いた事が無いんだが・・・


 まぁいいか。有益な情報を教えて貰えた事には変わりは無いし。

 Bランクまではまだ遠いけど、先の楽しみが増えるのは良い事だ・・・




 俺達は解体を終えると、入れられる分だけの素材をジョークさんの『収納魔法』へ入れていく。

 流石に全部は入りきらなかったので、余りは3人で背負って下山する事になった。


 そして、無事下山した俺達は、ゆっくりと歩きながら街へと戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る