第32話 『緊急依頼④』


 俺達が山の麓近くまで戻って来た時には、既に日が落ち始めていた。

 なので暗くなるまでに野営の準備を済ませようと、各々が自分の出来る作業をして動いている。


 しまったな・・・ こういう状況になると、料理は俺が担当になるのか。

 一応前世で一人暮らししてたから簡単な物なら作れるけど、栄養なんて全く気にしてない不健康飯ばっかだぞ・・・

 こんな事なら俺と違って器用なファルに、料理でも覚えてもらっておけばよかった・・・


「リンク、こっちはテント建て終わったぞ」


「おー、お疲れ。こっちもすぐに出来るから待っててくれ」


「はいよ」




 数分後、料理を作り終えたので適当に配膳をして、3人で焚き火を囲んで食べ始めた。

 メニューは、ビッグトード肉の塩胡椒焼き、野菜の適当スープ、買ったままの固いパン。ほんと碌なもんじゃない・・・


「そういえば、他にも野営してる人達がいるみたいだね」


「あぁ、みたいだな」


 周りを見渡してみると、すっかり暗くなった景色の中で2つほど火の灯りが見える。


「あの人達も山の周囲を野営しながら移動していくのかな?」


「多分そうじゃないか? 明日は行く方向が被らないように注意しないとな」


 獲物の取り合いなんかでモメるのは馬鹿らしいし、なにより稼ぎが減るのは困る。


「だね。それより見張りの当番はどうする?」


「問題はそれだよなぁ・・・ 交代制は当然なんだけど、俺とクリスは1人で見張りが出来るのか・・・?」


「うっ・・・ 確かに僕達には厳しいかもね・・・」


 最近は敵の発見もほとんどファル任せだったからなぁ・・・


「それじゃあ俺1人でやろうか?」


「いやいや、数日間1人で寝ずの番は無理だろ・・・」


「じゃあどうする?」


「うーん、とりあえず一晩ずつ交代で回してみるか? 一回やってみないと本当に出来るかどうかはわからないしな」


 時計があれば時間で区切っての交代制が出来るんだけどな・・・

 この世界じゃ高級品だからまだ買えない。


「それじゃあ初日は僕がやろうかな。この周辺ならほとんど狩り尽くされてるだろうから比較的安全だしね」


「そうだな。初日はクリスに頼む事にしようか」


 なら明日の見張りは俺とファルの疲れ具合を見て判断だな。

 街側から離れるほど危険度は上がるだろうから、出来れば明日の見張りは俺がベストだろうけど。


 俺は適当に飯を胃に流し込んで、明日の見張りの為にさっさと寝る事にした。




 翌朝。

 無事何事も無く朝を迎える事が出来た。

 夜中に起こされる事も無く、しっかり睡眠が取れたので体調は万全。


 俺がテントを出ると外は少しだけ明るくなり始めていた。

 見張り番のクリスに目を向けると、火が小さくなった焚き火の前で手帳のような物に何かを書いている。


「おはようクリス」


「っ! なんだリンクか・・・ おはよう」


 おいおい、見張りなのに周りが見えて無さ過ぎるだろ・・・


「凄い集中してたみたいだけど何書いてるんだ?」


「えーっと、これは冒険者活動をしてて気づいた事とか、思った事とかをメモしているんだよ」


「・・・・・そうなのか」


 気づいた事をメモるのはわかるけど、思った事なんて後から見てどうするんだ?


「なんで書いてるのか聞かないんだね」


「・・・えっ?聞いた方が良かった感じか?」


「いや、そんなたいした理由も無いから聞かれても困るね」


 まぁどうせ日記みたいなもんだろう・・・ なんかしてないと朝まで1人は暇だしな。

 そういえば、俺は今日の見張りの時に何をして時間を潰せばいいんだ・・・?


 俺とクリスが話しているとファルも起きて来たので、適当に朝食を済ませて焚き火や野営の跡を綺麗に片付けた。


 片付けを終えた俺達は、1組の冒険者達が山の北側の方へ向かって歩いて行くのを確認した。

 それをふまえて話し合った結果、俺達は山の南側へ向かって、半時計回りに麓周辺を探索していく事を決定したのだった。


 方針が決まると、俺達は昨日と同じところから山へ入り、南側へ向かって歩き始めた。


「やっぱこの辺は狩り尽くされちゃってるみたいだね・・・」


「そうだなぁ。見事に魔物の気配がゼロだ」


 探索を始めて既に30分ぐらいが経ってると思うが、まだ1度も魔物と出会っていない。

 早く昨日狩り尽くされた範囲から出ないと駄目だな・・・




 山の中をガンガン進んでいく事さらに1時間。

 ようやくファルが魔物の気配を感じ取れるようになってきたので、改めて気を引き締め直して前へ進む。


「前方60mぐらいに魔物の群れだ・・・」


 ファルは立ち止まると小声でそう呟いた。


「だいたいの数はわかるか?」


「・・・正確にはわからんが、5体以上はいると思う」


「・・・ならコボルトだな。進もう」


 ファルが示す方へ木々を抜けて進んでいくと、8匹のコボルトを確認できた。


「よし、それじゃあいつも通りいくぞ」


「「了解」」


 俺が剣を抜いて駆け出す準備を済ませると、横にいるファルが弓を構えて奇襲の1発を放った。これであと7匹。


 それと同時でクリスが飛び出して行き、俺はその後ろに付いて一緒にコボルトまで駆けていく。いつも通りの流れだ。

 ただ、ここで1つだけ今までしてこなかった事をする。


 とりあえずどれでもいいしアイツで試してみようか!


 体力値 28

 筋力値 30

 敏捷値 43

 魔力値 3

 知力値 11

 器用値 22


 ・・・よし!やっぱ探ろうとすればわかる!


 俺が『能力把握』の検証を済ませている間に、クリスは駆け出した勢いのまま、コボルト達が固まっているところへ盾を構えながら突進を決める。

 どうやら3匹ぐらいをまとめて吹き飛ばしたようだ。


 俺は突然仲間が吹き飛ばされて慌てている1匹へ駆け寄り頭を刎ね飛ばす。

 さらに、俺が1匹仕留めたのと同じタイミングで、クリスに吹き飛ばされた内の1匹の頭に矢が突き刺さる。あと5匹。


 吹き飛ばされていなかった3匹が俺へと向かって来るが、俺とコボルト達の間にクリスがサッと入ってきて盾で攻撃を受けきる。


 その間に俺は吹き飛ばされて立ち上がろうとしている2匹の方へと駆ける。

 立ち上がりきる前に1匹を切り伏せ、立ち上がって襲いかかってくるもう1匹の攻撃もステップで回避する。

 そして、避けられて隙だらけになっている首に剣を振り抜いて頭を刎ねる。これであと3匹。


 クリスの方を見ると既に1匹はファルによって仕留められていた。

 俺が残りの2匹を仕留めようと駆け出した瞬間、俺へ向かって火の玉を放ってきているトリプルテイルが横目に見えた。


「ファル!そこ!」


 俺は火の玉を余裕で躱してから、トリプルテイルを指差しながらファルへ合図を出すと、クリスに攻撃を仕掛けているコボルトの元へ駆け出す。


 向かってくる俺が見えたのか、クリスは1匹をシールドバッシュで俺の方へふっ飛ばしてきた。


「そっちは任せたー」


 あまりにも気の抜けた声でクリスがそう言ってきたので、俺も少し気が抜けてしまったが、ちゃんと飛ばされてきたコボルトにトドメを刺す。


 状況を確認すると、どうやらトリプルテイルは既にファルによって仕留められているようだし、残りのコボルト1匹もクリスに任せて大丈夫そうだ。

 という事で、俺は近い死体から魔石や討伐証明部位を剥いで周っていく事にした。


 その後、クリスも無事最後の1匹を仕留め終えて、死体から素材の回収も済ませたので、俺達は探索を再開する。


 そして、俺達は日が暮れるまでに合計トリプルテイル11匹、コボルト36匹を順調に狩って1日の仕事を終えた。

 

 


 夕方になると山を出て、少し離れた場所で野営の設営をした。

 夕食を摂りながら2時間ほど談笑をした後、ファルとクリスは見張り番の俺を残してテントへ入っていった。


「さて、何して時間を潰そうかな・・・」


 結局今日一日考えていたけど、良い暇つぶしの方法は思いつかなかった。

 これから日が昇るまでだいたい8時間以上か・・・

 焚き火の周辺以外は暗闇の状態で、俺は孤独に耐えられんのかな・・・?


 ・・・ダメだ!なんかして気を晴らしてないと頭が変になる!

 とりあえず、クリスにコツを教えてもらった事だし『体幹』の取得でもやってみるか。


 『体幹』の取得方法は、一定以上の基礎体力の持ち主が、10種類の不安定なポーズで各30分ずつ耐え続けなければならない。


 基礎体力は大丈夫だけど、問題は30分ずつ耐えられるかどうか・・・

 普通は10種類を何日かに分けてやるもんなんだけど、5時間も暇を潰せるってんならやるしかないでしょ!!


 1種類目 全然まだ余裕があるな。いけるいける。


 2種類目 うーん、ちょっと太ももが張ってきたか?


 3種類目 あっ・・・ 腹筋プルプルしてきた。キツいかも・・・!


 4種類目 ・・・・・・もうむりぃ・・・


「ハァ・・・ ハァ・・・ ハァ・・・」


 俺の体幹ってこんなにも貧弱だったのか・・・!?

 クリスが教えてくれたコツも全然意味がわからん!!

 耐える事を意識するんじゃなくて、バランスを保つ事を意識するって何!? 出来てんのか、出来てないのかどうやって判断すればいいんだよ・・・!


 でも、これで2時間も潰せたと思ったら悪くはないか・・・

 しばらく休憩したら再開する事にしよう。




 5種類目 あれ? 休憩したのにもうキツいんだけど・・・!


 6種類目 駄目だ! 苦しすぎて秒数を数えられない!どこまで数えたんだっけ!? もういい、1分戻って21分から数えていこう・・・!


「ゼェ・・・ ハァ・・・ オエッ・・・」


 死ぬぅ・・・!

 もうイヤ!!もう無理だわ!!やってらんないわよ!!


 ・・・・はっ! しんど過ぎて俺の中のオネエさんが目覚めようとしている!


 って俺は夜中に1人で何やってんだ・・・ しかもこんな場所で。

 とりあえず3時間は潰せたけどまだまだ朝までは長いし、筋肉を休ませながら他に何か出来る事はないかな・・・?


 カサッ


 んん・・・?なにか山の方から音が聞こえた気がす


 ガサッ ガサガサッ


「はっ・・・!敵襲!!」


 おい嘘だろ!? 体が重いって!!

 なんとか剣は・・・ 持てる!


「敵はどこっ!?」


 寝ボケながらもクリスとファルがテントから出てきた。

 クリスはしっかり盾を持って出てきているし、ファルも剣を持って出てきている。


「わからん!どっかにいるはずだ!」


 俺達は3人で背中合わせになりながら剣を構える・・・

 さぁ、どっから来る・・・?


「「「ガァォ!!」」」


「来たっ!!」


 なんと、3匹のコボルトが闇の中から俺の方へと向かって飛び出してきた。


「ライトニング!」


 俺は用意しておいた魔法をコボルト達へ向かって放った。

 稲妻が当たった1匹は、体が硬直したせいで地面へ転がってしまう。


 クリスが残ったコボルト達が辿り着く前に、俺の前へ入って攻撃を盾でガードする。

 俺とファルは盾の左右から飛び出して、1匹ずつ剣で仕留めていく。


 そして、俺の魔法を受けて転がっていた奴にもしっかりトドメを刺すと、一旦戦闘が止まった。


「・・・ファル、まだ周囲にいるか?」


「あぁ。何体か潜んでるな」


「わかった。とりあえず警戒を続けよう」




 その後、2匹のコボルトが出てきたが難無くそれを仕留めると、ファル曰く周囲にいた気配は山へ帰っていったらしい。


 一応危険は去ったのだが、ファルとクリスはアドレナリンが出ているせいで眠気が飛んでしまったらしい。

 1時間ほど焚き火に当たりながら会話をして、眠気が戻ってくるとテントへ戻っていった。


 よりによってあんなタイミングで夜襲を受けるとはな・・・

 2人には夜襲を受けるまでの流れを話したらめちゃくちゃ笑われたし。

 まぁ、なんにしても時間が潰せたから良かった良かった。




 俺はこの後も朝まで休憩を挟みつつ『体幹』の取得を続けた。

 そして苦しい思いをした甲斐あって、なんとか日が昇るまでに『体幹』を取得する事に成功したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る