第19話 『成人』

 


【アーク歴 3032年 10月22日】



 俺がこの世界に生まれ変わって15年が経った。


 二度目の人生で、遂に成人の朝を迎えたのだ。

 そんな俺は、いつもより早く目が覚めてしまったので、たかぶる気持ちをランニングで抑えようとしていた。


 あー!ダメだ!興奮が収まりそうにない!成人する事がこんなに興奮するものだと思ってなかった!!

 全然眠れなかったし、このテンションのままだと変なミスをしそうでなんか怖い!!


 息が切れるほどのランニングでは興奮を抑えきれなかったので、家の庭に戻って全力で素振りを始める事にする。


 ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!


 まだダメだ!まだ収まらない!マジでどうしよう!!

 そろそろ家族も起きてくるっていうのに、こんな状態を見られたらなんか恥ずかしい!

 コレが前世でよく聞いた『遠足の前日のテンション』ってやつか!? 俺にはそんな経験無かったけど・・・!

 とりあえずどうにかして抑えなっ


 ザッパァァーーーン!!


「ヒィッ!!」


 全力で素振りをしていると、背後からいきなり大量の水をぶっかけられた。


 驚いて後ろを振り向くと、さっきまで水が入っていたであろう桶を持った母さんと、不安そうに玄関から俺を覗いているリリー、そしてニヤニヤした顔で俺を眺めている父さんの姿があった。


「冷たっ!!な、なんで水!?すっっごいビックリしたんだけど!!」


「なんでって・・・リンクが悪いのよ!朝食の時間だってリリーが知らせに来たのに、あなた聞こえてなかったでしょ!?」


「・・・えっ!? 俺リリーに声かけられてたの!?」


「何回もね!凄い心配そうにしてるわよ! ホラ!」


 リリーに目を向けると、開いた玄関の中から頭だけをひょっこりと出して、不安そうに俺の事を見ている。


「ご、ごめんリリー! お兄ちゃん大丈夫だから!」


「ほんとに・・・? おこってない?」


「怒ってない怒ってない!ってかなんで怒ってるって思ったんだ・・・?」


「なんかお顔がおこってるみたいだった・・・」


 んーーそんなに怖い顔してたのか!

 これはリリーに悪い事しちゃったな・・・どっかで埋め合わせしないと・・・・・ってもう朝食の時間だって!?

 俺はそんなに素振りしてたのか!?

 自分の周りの見えなさっぷりが恐ろしい・・・


「ごめんねリリー・・・」


「それはもういいから、あなたはさっさと体を拭いてご飯を食べなさい!せっかくの料理が冷めちゃうじゃないの!」


「あーごめんなさい!すぐ済ませる!」


 水をかけられたおかげで、いつのまにか俺自身も気付かぬうちに、いつもの精神状態へ戻っていた。




 体を拭いてから家に入って食卓へつくと、父さんが意地悪い顔で話しかけてきた。


「えらく興奮してたな。収まったのか?」


「う、うるさいよ・・・!」


 めちゃくちゃニヤニヤしてんなこの野郎・・・!


「アナタもリンクを茶化さないの! さぁ食べましょう! ほら、晩御飯も豪華にするつもりだけど朝も結構豪華にしたのよ? それじゃあリンク、改めて成人おめでとう!」


「おめでとうリンク。立派な冒険者になれよ」


「にいちゃおめでとう!リリーもすぐせいじんになるからね!」


 母さんと父さんは微笑みながら、リリーは成人が何か理解出来てないみたいだが弾ける様な笑顔で、俺へ言葉を送ってくれた。


「みんなありがとう・・・!こんなに大きくなれたのも母さんと父さんのおかげだよ・・・本当にありがとう!!」



「あら・・・なによ急に!やめなさいよ朝から泣いちゃうでしょ・・・!」


「お前がそこまで大きくなれたのはお前の力だ。 俺達は好きでお前を産んで、好きでお前の面倒を見て、好きで飯を食わせてきただけだ」


「父さん・・・」


「後は勝手にお前が育ってくれたんだよ。まぁ親として立派な子供を育てられた自信はあるがな!」


 そして、母さんと父さんは2人で目を合わせると、再び俺の方を向いた。


「「こっちこそ産まれてきてくれてありがとう」」


 あぁ・・・これが親の愛か・・・

 自分が生まれた事への肯定が、これほど心を熱くしてくれるとは知らなかった・・・


「ぐっ・・・!!こ、こちらこそ本当にありがどうっ・・・!」


 前世では言われる事の無かった親からの愛情溢れる言葉に、俺は涙を堪えられなかった。

 今この瞬間、本当の意味で初めて俺は生まれてきて良かったんだと思えたのである。


「なんか湿っぽい空気になっちまったな・・・お前のせいだぞリンク!! お前が余計な事言うから! アンジェリーナも泣き止んでくれ!このままだとリリーも釣られて泣き出しちまう!」


「ごべん・・・」


「グスッ・・・そうね! せっかくリンクのめでたい日なんだから明るく食べましょう!!せーの」


「「「「いただきます!!」」」」


 エンゲルス家の4人は、いつもより会話を弾ませながら朝食を食べた。

 精神年齢が大人な俺も、本当に子供へ戻ったかのように家族との時間を楽しんだ。




 朝食を終えると、俺は色々と準備を済ませて出掛けようとしていた。


「じゃあそろそろ行ってくるよ」


「今夜は帰ってくるのよね?」


「うん。家を出るのは明日からだからね」


「じゃあさっきも言ったように豪華な料理を作っとくわね!楽しみにしてなさい!」


「わかった!楽しみにしとく!じゃあ改めていってきます」


「はい、いってらっしゃい。気をつけるのよー」


 玄関の扉を開けて外へ出ると、ファルが家の庭の前で俺の事を待っていた。

 俺はファルに近づきながら声をかける。


「よっ!おはようファル」


「あぁ、おはよう。なんかいつもより明るいな」


「え?そうか?」


「まぁ仕方ないよな。今日からやっと本格的に冒険者生活が始まるんだから」


「・・・なんかそれを聞くと余計ニヤついちまうからやめてくれ・・・そんな事よりさっさとギルドに行くぞ!クリスが待ってる!」


「そうだな。あっ、成人おめでとうリンク」


「・・・今言うのか。まぁ・・・ありがとうな」


 ファルの素直なおめでとうに少し照れてしまった。




 ギルド前に着くと、クリスとエマが話をしながら俺達の到着を待っていた。


「やぁリンク。成人お「リンクおめでとう!!やっと冒険者になれるね!!」


「・・・成人おめでとうリンク」


「あ、あぁ。ありがとうエマ、それにクリスも・・・」


 今のは流石にクリスが可哀想だぞエマ・・・ってなんでエマがいるんだ?


「エマはなんでここにいるんだ? いつもはこの時間に来てないだろう?」


「なっっ!? なんでってリンクを祝う為に決まってるでしょ!? それに『雷鳴』が正式に誕生するんだから見届けたいじゃない!!」


「そ、そうか。なるほど・・・理解した」


 確かにエマだけ除け者にするのは可哀想か。


「そんな事よりリンク、もう受付開いてるから登録しに行こうよ」


「そうだなクリス。さっさと登録済ませよう」


 そして俺達はギルドへ入ると、依頼受付とはまた違う、冒険者登録などの手続きをする為の受付へ向かった。


 2階の受付前に辿り着くと受付嬢に声をかける。


「すいません。冒険者の本登録がしたいんですけど」


「はい、それならこちらにお座りください」


 促されたので、俺は受付前にある椅子に腰を下ろす。


「ではプレートを出していただけますか?」


「わかりました」


 ポケットからプレートを出して受付嬢に渡した。


「リンク・エンゲルス様・・・15歳ですね。はい、登録可能な年齢だと確認が出来ました。では少々お待ちください」


 すると受付嬢は、自身の後ろにある棚から1枚の紙を取り出して、そこに俺の情報を書き込んでいく。


「ただいま登録が完了いたしました。Eランク冒険者リンク・エンゲルス様。あなたはこれより当ギルド所属の『冒険者』として活動していただきます。それではあなたの活躍を、職員一同楽しみにしております」


 受付嬢はそう言うと、頭を下げながらプレートを返してきた。

 俺は受け取ったプレートに目を向ける。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

氏名 [リンク・エンゲルス] 年齢 [15歳]


所属国 [ブランデン王国] 職業 [冒険者]


スキル

[雷魔法Lv.9] [短剣術Lv.10] [剣術Lv.18]

[体術Lv.2] [能力把握Lv.8] [解体Lv.7]

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「よし!職業の欄に『冒険者』って書かれてる!!」


「やったね!リンク!」


「あぁ・・・! これで俺も冒険者だ!」


 本当にここまで長かった! 冒険者という存在に憧れて約10年だ・・・・

 でも人生はここからの方が長い。こんなところで浮かれていられないな。


 ・・・ってのはわかってるんだが、やっぱり嬉しいもんは嬉しいよなぁ!!


 プレートの職業欄を一点に見つめて、周りの目も気にせずに感動していた。

 成人したら誰でも登録は出来るのだが、俺は今までの努力が報われたような気がしたのだ。


 この瞬間、俺の本格的な『冒険者人生』は幕を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る