第16話 『領主邸①』

 

 俺達は領主邸の門をくぐると、庭の中にある道を歩いて屋敷の前まで辿り着いた。


 すると、屋敷の玄関扉の前に30歳ぐらいの執事服を着た優しそうな紳士と、20歳ぐらいの真面目そうな顔をしたメイドが立っていた。


「いらっしゃいませ。リンク様、ファル様。私はモルフィート家屋敷の執事をしております。『カイネル』と申します」


「私は当屋敷でメイドをしている『サラ』と申します」


 ……なんか俺みたい庶民に対して、とんでもなく丁寧な挨拶してきたんだけど!

 あ、焦るな…こちらも丁寧に挨拶を返せばいいだけだ…


「丁寧な挨拶をしていただいてありがとうございます。わ、私はリンク・エンゲルスと申します。本日は用があり屋敷へお邪魔させていただくことになりました。よろしくお願います」


 全然ダメだ! 上手く出来た気がしない…!

 自分の中にある最大限の礼儀を尽くしたつもりだけど、失礼な感じになってないよな!?


「…ファル・シモンドです。よろしくお願います」


 短っ! なんか長々挨拶した俺が恥ずかしい感じになっちゃうじゃねぇか。


「リンクもファルも堅苦し過ぎだよ! いつも通り…はどうせ無理だろうけど、もっと気楽で大丈夫だって!」


「いや……あんな丁寧に挨拶してもらったら、こっちも丁寧に返すしかねぇって…」


「いえいえ、クリス坊っちゃまの言う通りです。 私達使用人にわざわざ気を遣われなくても大丈夫ですよ」


 難しい事言うなぁ…清潔感ありすぎて俺には使用人ですら貴族に見えるよ。

 あと、クリスは『坊っちゃま』って呼ばれているのか……これは今度イジってやろう。


「そうそう! 別に父上に会う訳じゃないんだから、ただ仲間の家に本を読みに来たと思えばいいんだよ。 それじゃあカイネル、リンクを書庫に連れて行ってあげて」


「かしこまりました」


 ……えっ!? もうこっから1人!?


「ではリンク様、書庫へご案内させていただきます」


「は、はい、お願いします」




 俺はカイネルさんの後ろについて屋敷の中へ入ると、そのまま歩いて2階にある書庫へと案内された。

 カイネルさんが言うには、クリスとファルはサラさんを連れて庭にある東家の方へ向かったようだ。


「リンク様、こちらが書庫になります。 後ほどサラにお茶を持って来させますので、何か必要なものがあったり用がある場合は、その時サラに申し付けて下さい。 それでは、どうぞごゆっくり」


「あ、ありがとうございます…」


 おいおい、とんでもねぇな…何冊あんだよ……


 書庫へ案内された俺は、部屋の壁を覆い尽くすように並べられた本棚と、そこに収まっている大量の本を見て固まってしまった。


 カイネルさんが説明を終えて部屋から出て行った後も、その場から動けずにいる。


 これは想像以上に多いな…どこから見ていけばいいのか全然わからない。

 とりあえず突っ立ってても仕方がないから、どんな本があるか一通り見ていくか。


 俺はとりあえず動き出して、近くの本棚から順番にどんな本があるのかを確認していく。


 『アーク教典』『統括神アークホール』『神々の爪痕』……ここら辺は宗教関係とか神話とかの棚だな。

 あまり興味は無いけど、読んだ事無い本ばっかだと読みたくなってくる。


 こっちは…『ハイトー大陸史』『戦争と侵略』『セーハイ大陸の国々』……地理とか歴史ゾーンか。

 こっちも興味は無いけど、ダンジョンがある場所とか載ってるかもしれないな。


 この後も、様々な国の食文化について書かれた本や、名物について書かれた本、農業や漁業関連の本など色々あったのだが、俺は読みたいと思える本が無かったので、反対側の壁にある本棚を確認する事にした。


 えーっと…ん?『魔法史』『魔法スキル大全』『スキル解剖』……おぉ!これこれ!

 この辺の本はほとんど魔法かスキル関係だな! 読みたい本があり過ぎる!


 こっちは…『魔物の生息域』『魔物の歴史』『魔濁界変まだくかいへんによる影響』……魔物関連か!これも気になる!


 ってか、この『魔濁界変まだくかいへん』っていうのはなんだ…?

 聞いた事が無い単語だけど、なんか不穏な名前をしてるから特別気になる…… 一応これも読んでおいた方がいいかもな。


 その後も色々確認して、惹かれた本の中から読む本を何冊か決めた。

 そして、その中から一冊だけを手に取ると、俺は部屋の中央にある6人掛けぐらいのテーブルでその本を読み始めた。


 まずは最初の目的通り『索敵』スキルについて調べようか。

 まぁ、この『スキル解剖』って本なら他のスキルについても知れるだろ…


 俺は読みながらも面白いと思ったスキルを見つけては、持ってきた紙にメモを取っていく。

 取得方法が判明しているスキルも結構あるが、ほとんどのスキルはまだ解明されていないようだ。


 次々読み進めていくと、やっと『索敵』という文字が出てきた。


 おっ、『索敵』発見。

 スキル効果は…だいたい兄ちゃんから聞いた通りだな。

 取得方法は…森についてのある程度の知識、一定期間の森での探索、自分が気付かれるよりも先に敵を発見した経験がある事……

 なるほど、森の知識と敵発見の経験が取得の前提条件で、それをクリア出来ていない人では、どれだけ森を探索してもスキル取得に至れないって事か。


 俺は調べた内容をメモにとっていく。


 すると、コンコンとノックの音が聞こえたので、顔を上げて扉の方へと目を向けた。

 どうやら、サラさんが俺の為にお茶を持ってきてくれたようだ。


「リンク様、お茶をご用意させていただきました。何か他に用が御座いましたら対応させていただきますが」


「あ、ありがとうございます。今のところは間に合ってますので大丈夫ですよ」


「かしこまりました。もしポットのお茶が無くなりましたら、扉の前にポットを置いといてくださればまたご用意させていただきますので。それでは失礼します」


 サラさんは丁寧に頭を下げてから書庫を出ていった。

 俺はサラさんが出ていくのを見届けると、ゆっくりお茶に口をつけた。


「俺なんかの為になんと丁寧な…あっ、お茶美味しい」


 …じゃなくて、『索敵』の取得条件と取得方法の事だ。


 敵の発見に関しては俺とファルは間違いなく大丈夫だ。

 クリスも多分大丈夫…だよな?


 森の知識っていうのは学塾で習ったレベルの知識でいいのか?

 それとも、もうちょっと専門的な植生とか、森でのサバイバル知識的なやつか?

 まぁ兄ちゃんが取得出来たんなら、そこまで専門的な知識が必要な訳ではないんだろうが……


 騎士学校にいるほとんどが取得出来なかったのは、敵発見の条件をクリア出来てない人が大半だったからか…?


 『索敵』スキルについてはある程度理解出来たので、最後のページまで本を読み進めた。


 そして、読み終えた『スキル解剖』を本棚に戻して、次は『魔法史』と言う本を手に取って読み始める。


 ……おっ!魔力の説明が書かれてる!

 これがクリスの言ってた『ラムジン魔法国』の魔法研究について書かれた本か。

 『魔力』の説明についてはクリスが言ってた通りだな。


 それで…


【魔物の体内にある魔石は魔力が結晶化したもので、それは『魔濁界変』によって生物達の魔力が変質された結果と思われる…】


 …ちょっと待ってくれ。

 まず『魔濁界変』がなんなのかを知らないから、読んでても意味がわからない…

 前提知識として、まず先に魔濁界変を知っておかないとダメなのか。


 俺は読んでいる本を一旦閉じて、本棚から『魔濁界変まだくかいへんによる影響』と言う本を手に取って読み始めた。


 ふむ…ほうほう……なるほど。

 そもそも『魔濁界変』というのは、約4000年前に実際にこの世界で起こった大災害…


 その大災害による最も大きな影響が……

 世界中の生物のほとんどが、一部を残して魔物に変えられてしまったという。

 その中には人類も含まれる……ってちょっと待て!!

 じゃあ今いる人型の魔物、例えばゴブリンとかは、遥か昔に変わってしまった人類達の成れの果てって事か!?

 なんか…とんでもなく複雑な気持ちになって来たぞ……


 …他にもによる人類の弱体化……弱体化? 強化じゃなくて?


 元々人類はを自在に扱う事が出来た…1人の人間が数種類の魔法を操って生活をしている様な世界だったと……


 要するに、スキルは人類を強化する為に与えられた力じゃ無くて、人類の能力を制限する為の枷って事か…?

 いやいや、なら『祝福』じゃなくて『呪い』って事じゃねぇか。


 そして、も災害の1つなのか…

 ダンジョン攻略でスキルが手に入る事から、『ダンジョンは神が与えてくださった試練』と言う教会関係者もいる…か。

 なんか都合良く言い換えられて伝わってるな……だって、ダンジョンを攻略して奪われた力を取り戻してるだけだよなコレ。


 世界中に魔物という敵を出現させて、人類からはスキルという枷で力を奪って、そしてダンジョンという力を取り戻す為の場所が現れる……


 なんだこのシステム…?

 どう考えても自然災害じゃないだろコレ…


 『魔濁界変まだくかいへん』…コレについてはもっと知らないといけない気がするな。


 この世界の新たな知識を得て、強くなる事以外にも興味を持ち始めた俺であった。

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