第15話 『新年』

 

【アーク歴 3032年 1月3日】



 兄ちゃんは実家で家族と新年を迎え、2日の昼には王都へ帰っていった。

 短い帰省だったが、家族とたくさん話が出来て満足のいく年越しを過ごせたようだ。


 母さんは見送りの時に我慢出来ず泣いてしまったが、息子の成長が見れて安心したのか意外と別れを引きずる事は無かった。




 兄ちゃんが帰った日の翌朝。

 『雷鳴』の3人に加え、エマも入れた俺達4人は、ギルドの訓練所で新年の挨拶を早々に済ませて話をしていた。


「へー『体術』か。確かに欲しいね」


「だろ? だからこれからは他の訓練や稽古を多少減らして、素手での模擬戦もやっていった方がいいと思う」


「でもそれだと取得出来るまでに5年ぐらいかかっちゃうんじゃない?」


「いや、俺達はもう戦い方の基礎はわかってるから、もっと取得時間は短く済むと思う。まぁだいたい3年ぐらいかな?」


「3年も充分長いと思うけど…」


「そう、3年は長い…でも、それは模擬戦だけをしてたらの話だ。ある程度素手での模擬戦が上手く出来るようになったら、弱い魔物相手に素手で戦ってスキル取得を加速させようと思ってる」


「……怖い事言うね」


 怖い事…? どの部分が?


「相手がホーンラビットでも素手で戦うのはなかなか厳しいんじゃないか?」


 あら?ファルも乗り気じゃない感じか?

 ってか、怖い事って素手で戦うって部分がか。


「俺そんな無茶苦茶な事言ってるかな? だって、戦況が厳しくなったら剣を使ってもいいんだぞ? それに、想定してる相手はホーンラビットじゃなくてゴブリンだ。相手が人型なら模擬戦と同じ感覚で戦えそうじゃないか?」


「まぁ…確かにそう言われるとそこまで無茶な事じゃない気がしてきたけど……。でも普通はスキルレベルを上げる為だけに、武器無しで魔物と戦おうなんて思わないよね!?」


 うん…そりゃわかるが、普通の事してたって他より強くなれないからなぁ…


「クリス!それは今更だよ!リンクは元々そういう人だよ?」


 ……エマ!?


「おい!酷いな!!俺が変な奴みたいじゃないか!!」


「えーー、ファルもリンクって変だと思うよね?」


「……まぁ確かに昔から変わった奴だなとは思ってる」


「ファル!?」


「でも、そこがリンクの良さだとも思う。それに、リンクと一緒にいれば強くなれるのは間違いないしな」


「ファル…」


 あぁ…ファルはなんて良い奴なんだ……

 望み通りとことん強くしてやらないと!


「ダメだ…なんかリンクが変なスイッチ入っちゃった顔してるよ……ファル、クリス気をつけてね?」


「「あ、あぁ…」」


 熱い話を交わした俺達は、長い会話で固まった身体をほぐすついでに素手での模擬戦をする事となった。


 ほんの少し熱くなっていたせいで、流血沙汰になる程激しく殴り合う事になってしまったが、全員エマに『回復魔法』をかけてもらったので事なきを得た。




 そして昼食を済ませた後、俺達はエマと別れて西の草原にプレスブル狩りへ向かったのだが、新年1発目の狩りにしてはあまり望ましくない光景に出会ってしまった。


「最悪だな…。長い時間探してやっとプレスブルを見つけたっていうのにグラスウルフに襲われてやがる」


 草原に来てから3時間ほど獲物を探し回っていた俺達の目の前で、プレスブルが5匹のグラスウルフの群れに襲われているのだ。


「リンクどうする…?」


 うーん…幸いこっちが風下だから全く気付かれてはいないな。

 グラスウルフも群れの割にはまだ少ない方だし、奇襲出来るならなんとかなるか…?


「…狩ろうか。多分いけるだろ」


「わかった。作戦は?」


「まず最初は、1匹だけ戦いの外で戦況を見ている群れのリーダーらしき狼を、ファルに矢で仕留めてもらう。もちろん音は消してくれ」


「了解」


「ファルが矢を放つのと同時に、クリスは飛び出して狼共を引き付けてくれ」


「了解」


「俺は回り込んで先にプレスブルを仕留めに行く。ファルはリーダーを仕留めたらクリスの援護をしてやってくれ。俺もプレスブルを仕留めたら狼狩りに入る」


「わかった」


「クリスは厳しいだろうけど、少しの時間なんとか上手くしのいでくれ」


「やってみるよ」


「よし、じゃあ始めようか」


 作戦を伝え終えると各々が動き出して配置に着いた。

 俺は少し離れた場所から弓を引き絞っているファルを見て、プレスブルへ駆け出す準備を始める。


 音は聞こえないがファルが矢を放つのを見ていた俺とクリスは、ほぼ同時に草陰から立ち上がって駆け出した。


 俺がクリスとは逆方向へと回り込む様に走っていると、横目で群れのリーダーの眉間に矢が突き刺さって倒れているのが目に入った。


 おー流石ファル。あと狼4匹。


 「こっち来い狼共!!」


 俺とは逆方向に走り出したクリスに目線を向けると、どうやらプレスブルの周りに群がっている狼達を挑発しているところだった。


 いつの間にか死んでいる群れのリーダーに気付いて、軽くパニックになっている狼達は、急に大声を出したクリスに気を取られて挑発に乗ってしまう。


 俺は狼達がクリスの方へ釣られている隙に、反対側から元気の無いプレスブルの元へ近づいく。


 プレスブルは近くまで来た俺に気付くと、助走も何も無く俺に向かって突進してきた。


「うわっ!」


 急な突進に驚いて声を出してしまったが、なんとか横にステップして躱す事が出来た。

 俺は横を突進しながら通り抜けて行くプレスブルの体に触れて、


 “触電スタンガン” バチィッ!!


 『雷魔法』を発動した。


 プレスブルは鳴き声も出せずにビクッと体を硬直させて、次の足を踏み出す事が出来ず、突進の勢いのまま地面を転がっていく。


「よし。フンッ!!」


 俺は即座に転がって隙だらけになっているプレスブルの首へ両手剣を振り下ろし、大事な血管ごと首の半分を切断した。


 そして、すぐにクリスの方へ駆け出しながら戦況を確認する。


 クリスは3匹の狼の攻撃を上手い事盾でいなしていて、その足元には頭に矢の刺さった狼の死体が1つ転がっている。

 どうやら、ファルの援護で1匹は仕留めたようだ。あと3匹。


 俺は数秒でクリスの元へ辿り着くと、盾に飛び着こうとしている狼を、後ろから両手剣で叩き切る。


 「ギャンッ!」 あと2匹。


 それと同時に何処からともなく無音の矢が飛んできて、別の1匹の頭に突き刺さった。


 残った1匹は、すぐ横で倒れた2匹の仲間に気を取られる。

 その瞬間、盾の向こう側からクリスが出てきて、よそ見をしている最後の1匹の首に剣を突き刺した。


「よーし、なんとか勝てたな」


「お疲れ。上手い事作戦がハマったって感じだったね」


「あぁ。俺が思ってた以上に上手くハマったよ」


「じゃあ…とりあえず解体する?」


「だな。グラスウルフ5匹にプレスブル1体、これは解体が大変になるぞ。俺とクリスでプレスブル、ファルはグラスウルフを頼む。グラスウルフの毛皮は器用なファルが解体した方がいい」


「グラスウルフの素材は毛皮だけなのか?」


「あぁ、肉が不味くて売れないからな。毛皮と魔石だけ取れれば大丈夫だ。あとはマッチを持ってきてるから燃やしていこう」


「了解」


「じゃあ始めようかー」


 順調に解体作業を進めていると、俺は大事な事を思い出したのでクリスへ話しかける。


「あっ、忘れてた。クリス、前に調べたい事が出来たら本を読みに行くって話したの覚えてるか?」


「ん?あーあれね、覚えてるよ」


「あれ、お願いする事になりそうだ。帰ったら家の人に確認してもらってもいいか?」


「全然構わないよ。何か調べる事でも出来たのかい?」


「あぁ、スキルの事でちょっと調べたくてな。それに、今年いよいよ冒険者になるんだなって思うと、色々情報を集めておきたくなったんだよ」


「なるほどね。今日帰って確認するから明日また報告するよ」


「おう。頼むな」


 その後も解体を続けた俺達は、大量の素材を持って日が暮れる前に街へと戻った。




 翌日。

 今日もギルドで待ち合わせて狩りへ向かっていると、道中でクリスが報告をしてきた。


「昨日の件確認しといたよ。3日後以降ならいつでも大丈夫だってさ」


「そんなに早く行っていいのか!?10日以上は色々準備に時間が掛かると思ってたんだけど…」


「リンクが思ってる程、堅苦しい家じゃないからね。客人が来るって言ってもリンク達は貴族じゃないし、多少片付けるぐらいで済むはずだよ」


「そんなもんなのか…」


「それで、いつにする?」


「そうだなぁ…せっかく片付けてくれるんなら、あまり日を空けない方がいいよな」


「じゃあ3日後?」


「いや、それはちょっと俺の心の準備が出来ない!! ……5日後! 5日後の朝にギルドで待ち合わせてからクリスの家へ向かう事にしよう!」


「わかった。そう伝えたく」


「……なんかすでに緊張してきたな」


「おいおい、大丈夫? 緊張して今日の狩りでミスとかしないよね?」


「それは大丈夫だ。全然問題無い」


 狩りの事になると急に冷静さを取り戻した俺を見てクリスは呆れている。




 そして5日後。

 俺達はギルド前で待ち合わせてから領主邸へと向かった。


 向かう道中で緊張して何度か帰りたくなったが、強くなる為だからとなんとか耐えて、逃げ出す事なく領主邸の前まで辿り着く事が出来た。


「やっぱデカい…庭めちゃくちゃ広いし…」


「そうだな…」


 整えられた生垣に囲われた広い敷地。

 その中にある綺麗な庭と大きな屋敷を見た俺とファルは、冷や汗を流しながらも震えだしそうな足に力を入れて、領主邸の門をなんとかくぐり抜けた。

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