第14話 『ニコール』

 

【アーク歴 3031年 12月31日】



 『剣刃』がモルフィートの街を去って1ヶ月が経った。


 俺は大晦日から年が明けて3日まで狩りを休み、家族とゆっくり過ごす事にした。

 目を覚まし日課のランニングと素振りを済ませ、庭のベンチでくつろぎながら家族が起きてくるのをボーッとしながら待っていた。


 もう今年が終わるんだな…。

 来年の誕生日からは本格的な冒険者生活が始まって、この家を出て生きていく事になる。

 そう考えるとなんか感慨深くなってくるな……


 登って来る太陽をボーッと眺めながらそんなことを考えていると、玄関のドアが開いて剣を持った父さんが庭へ出てきた。


「あっ、おはよう父さん」


「おう、おはようさん。リンクはもう素振り終わったのか?」


「うん。さっき終わったから休憩してるとこ」


「そうか。じゃあ俺もさっさと終わらせるかな」


 そう言うと父さんは準備運動を済ませて剣を振り始めた。


 ブンッ! ブンッ! ブンッ!


 相変わらず凄ぇ剣速だな…そのくせにめちゃくちゃ正確。

 なんであんなに毎回同じとこでピタッと剣が止められるんだよ…


 ハイレベルな素振りに見惚れている俺に、父さんが素振りしながら話しかけてきた。


「そういやリンク、お前成人して冒険者になったら家出るんだろ?」


「ん? そのつもりだよ? 旅に出れるレベルになるまではしばらくこの街にいるんだけどね」


 …ってか、よくそんなエグい素振りしながら喋れるな!


「そうか、なら良かった。いきなり街を出るなんて言ったらアンジェリーナの奴がまた寂しがるからな」


「あー、そういえば兄ちゃんが出て行った時は相当参ってたみたいだね」


「あぁ…あの時は酷かった。1週間ぐらい毎晩泣いてたからな」


「へー、それは知らなかった・・・でもそれなら今日は相当喜んでるんじゃない?」


 何故なら、今日は兄のニコールが王都から帰ってくるから。


「そりゃもちろん喜んでるだろ! 昨日の時点でソワソワしてたぐらいだからな! でも、だからこそ俺は心配なんだよ…ニコールがまた王都へ帰った後の事が……」


「あっ…確かにそれは心配だ」


 兄ちゃんは昼過ぎ頃に帰ってくる事になっている。

 騎士学校卒業から騎士団へ入団するまでに、一度だけ実家に帰ってきた事はあったが、今回は騎士団に入団してから約2年ぶりの帰省になる。


 騎士は配属された街から、任務以外ではなかなか離れる事が出来ない仕事だ。

 今回の兄ちゃんの様に帰省が許されるのは、騎士団側から完全ランダムで選ばれた者だけだ。

 今年の兄ちゃんは、というより母さんは運が良かったという事である。


 父さんとの素振り&会話を終えると、いつもより元気な母さんと妹のリリーが起きてきたので、家族団欒の時間を過ごした。




 母さんが大量の料理を作り終えた頃、予定の時間よりも早く兄ちゃんは帰ってきた。


「騎士ニコールただいま帰りました…なんてな!みんなただいま!」


「兄ちゃんおかえり!」


「おぉ!よく帰った!ニコールお前またデカくなったな!」


「おかえりなさいニコール。長旅だったから疲れたでしょ?」


「うん、なかなか疲れたかな。でもそれよりお腹が空いちゃってるよ…」


「あら、そうなの? それなら帰ったばっかだけど、もうお昼食べちゃいましょうか! あなたが帰ってくるからいっぱい料理を作ったのよ」


 ほんと…とんでもない量をな……


「おーそれは助かるよ!家の外にまで美味しそうな匂いがしてたから楽しみだ!」


「じゃあ早く荷物を下ろして手洗ってきちゃいなさい!積もる話もあるけど食べながら話しましょ」


 兄ちゃんを出迎えた母さんはとても幸せそうにしている。

 リリーは2年前に一度だけ兄ちゃんと会っているはずなのだが、その頃の事は覚えていないようで俺の後ろに隠れながらコソッと兄ちゃんを観察していた。


 そして兄ちゃんが手洗いを済ませ食卓に着くと、エンゲルス家5人は近況報告や他愛のない話をしながら、いつもより豪勢な昼食を食べた。




 昼食後。

 父さんは仕事を休めなかったので、寂しそうな顔で出かけて行った。

 母さんは片付け、リリーは昼寝を始めたので、食卓に残った俺と兄ちゃんは2人で話をしている。


「さっきは俺の話ばっかだったけど、リンクの近況はどんな感じなんだ? 今も冒険者を目指して頑張ってるってのは聞いたけど」


「うん。一応冒険者目指して頑張ってるつもりではあるよ。西の草原で魔物を狩ってばっかだけどね」


「それはファルも一緒にか?」


「そうそう。でももう1人仲間が出来たんだ。クリスって奴なんだけど、頼りになる良い奴だよ」


「ほう、それは良い事だな。じゃあ冒険者になったらその3人でパーティとして活動していくのか?」


「そうなる予定だね。これからも仲間は増やしていくつもりだけど。 あっ、そういえば何か新しいスキル覚えたりした? 冒険者でも役に立つスキルとかあると教えて欲しいんだけど」


「新しく覚えたスキルか? というか俺が持ってるスキルを一番最後に教えたのっていつだった?」


「んー、最後は騎士学校に入る前かな? だから5年前だね」


「そうか、なら2年前実家に帰ってきた時は教えてなかったって事か。騎士学校前からだと…ほれ、結構スキル覚えたぞ」


 そう言うと兄ちゃんはプレートを机の上に置いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

氏名 [ニコール・エンゲルス] 年齢 [17歳]


所属国 [ブランデン王国] 職業 [騎士]


スキル

[風魔法Lv.28] [槍術Lv.41] [剣術Lv.30]

[盾術Lv.29] [体術Lv.26] [索敵Lv.21]

[身体強化Lv.36] [増血Lv.8]

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……つ、強過ぎだろ!!

 スキルが増えたとか以前にレベルが高ぇわ!!


「騎士学校入学前だと、まだ『風魔法』『槍術』『身体強化』『剣術』の4つしか無かったよな?」


「う、うん。俺が教えてもらって知ってたのはそこまでだね……ってかさぁ、スキルレベル高くない…?」


「ん?別にそんな事無いんじゃないか? リンクも3年後にはこれぐらいになってるだろ」


 ……あっ!そ、そうだった。兄ちゃんは3つ年上なんだから高くて当たり前じゃねぇか!

 いや、でも俺は3年で本当にこんなレベルが上がるのか…?


「ごめんごめん、なんか間違えて今の自分と比べてテンパっちゃったよ」


「はははっ、そりゃ今のリンクと比べたら高いだろうな。 それで?新しく覚えたスキルだと何が気になる?」


「んーちょっと待ってね…」


 『盾術』と『体術』は騎士学校か騎士団の訓練で覚えたんだろうな…

 『盾術』は今の俺のスタイルに必要だとは思わないけど、『体術』ってのは使えるスキルなのか気になるぞ。


「それじゃあまずは『体術』について聞きたいかな。実感的に使えるスキルだと思う?」


「『体術』か。『体術』はあった方がいいスキルだと思うぞ。 戦ってて武器を落とした時とかに使えるし、武器を使ってる時でも足運びなんかの動きに影響するからな。 なんか動きのキレが良くなったりするんだよ」


「おぉ…!それは良い!どんな訓練すれば手に入るかな?」


「そうだなぁ…シンプルに走ったり鍛えたりも必要だけど、素手での模擬戦が1番必要だろうな。 俺の場合は騎士学校で散々素手の模擬戦をやらされて手に入ったスキルだよ」


「素手での模擬戦か。なるほど…早速ファル達と始めてみようかな」


「……リンクは全然そういうの怯まないんだな」


「えっ、怯む?模擬戦なんていつもやってるよ? 素手になったぐらいでそんなに変わらないって」


「素手の殴り合いはちょっと気持ち的に違うと思うんだけどな…まぁいいか。 それで次は何を聞きたい?」


「次はそうだなぁ…『索敵』について聞きたいかな。名前的には既に欲しいんだけど」


「『索敵』は敵の気配とか物音に敏感になるって感じなのかな…? 正直なところ『索敵』は感覚的過ぎて説明が難しいんだよ」


「…まぁなんとなくわかったよ。でも『索敵』って冒険者向けのスキルな気がするんだけど、どうやって手に入れたの?」


「多分、騎士学校でやった森での訓練が手に入れる方法だろうな。俺は森に入るようになって半年ぐらいで手に入ったと思う」


「多分?」


「いや…俺にもよくわからないんだ。 同級生の中で『索敵』を取得出来たのが、俺を含めて1/4ぐらいしかいなかったんだよ。だからあまり断定は出来ないって感じなんだよな…」


「……なるほど」


 スキルの特性的に、兄ちゃんが言った通り森での訓練が取得方法なのは間違いないだろうな…

 でも、なんで兄ちゃんみたいな一部の人達だけしか取得出来なかったんだろ?才能?

 冒険者になるなら是非とも欲しいスキルなんだが……とりあえず調べてみるしかないか。


「あと新しいのは『増血』だね…ってか『増血』って何!?」


「あぁ…それか。『増血』は俺も調べてないからよくわからない。名前的に貧血にならなくなったりするんだろうけど、俺は元から貧血になった事もないしな。というわけで持っていても実感した事が無い…」


「じゃあなんでこんなスキルが?」


「『増血』はの攻略報酬で手に入ったスキルなんだよ」


「……えっ!? ちょっと待って、ダンジョン行ったの!? てか攻略したの!?」


「おいおいおい、興奮し過ぎだ!」


 興奮するわそりゃ! いきなりとんでもない爆弾出してきやがって!!

 でも落ち着け俺…落ち着けぇ……


「ふぅ…ごめん。それで?」


「さっきも言った通り、ダンジョンに行って攻略はしたよ。でも難易度が低いダンジョンだから、そんなに驚かれる様な事じゃ無いんだよ本当に」


「難易度が低かろうがダンジョンに行って、しかも攻略したってのは俺にとって凄い羨ましい事だよ!! それでいつの間に行ってたの?」


「去年だな。騎士団に入団すると、1年目にダンジョンへ行かされるのが恒例なんだよ。王都の近くに低難易度の研修に丁度良いダンジョンがあるからな」


「なるほど、そういう事だったんだね」


 王都の近くにそういうダンジョンがあるっていうのは覚えておかないとな…


「そのダンジョンって冒険者でも入れるの?」


「あぁ、入れる筈だよ。リンクも行くつもりなのか?」


「そりゃ絶対行くよ! 冒険者になってすぐって訳じゃ無いだろうけどね」


「じゃあいずれは王都に来るって事だな。その時は顔出しに来てくれよ?」


「もちろん。でも何処に顔出せばいいの?」


「そうだなぁ…王都の騎士団詰所に来てくれればいい。入り口で俺の名前を出してくれたら誰かが呼びに来てくれるはずだ。 王都へ来る前に手紙で到着予定日を教えといてくれたら、その日周辺は詰所に居れるよう申請しとから」


「わかった。時間があったら王都案内してよ?」


「おう。兄ちゃんに任せとけ」


 その後も2人で話していると、片付けを終えた母さんがリビングへ戻ってきた。


 俺は母さんと兄ちゃんに2人の時間を作ってあげようと、1人庭へ出てベンチに座った。


 兄ちゃんから話を聞いてみて『体術』と『索敵』は絶対欲しくなったな。

 『体術』に関しては模擬戦とかを地道にやっていくとして…問題は『索敵』だな。


 北の森にはどのみち通う事になるけど、詳しい取得方法や条件がわからないと、下手したらパーティ3人全員が取得出来ない可能性もあるぞ……


 はぁ…行くしかないか『領主邸』……

 クリスが他国の本以外にもたくさんあるって言ってたし、国内の本でも俺が読んだ事ないやつがいっぱいあるだろう。

 もしかしたら他のスキルについても色々わかるかもしれない。


 でもなぁ…貴族の家が怖ぇ……



 俺はこの後もウダウダ悩みまくったが、

 結局、クリスに頼んで領主邸で本を読ませてもらおうと決心したのだった。

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