第13話 『成長』

 

【アーク歴 3031年 11月13日】


 『雷鳴らいめい』として活動を始めて半年が過ぎた。

 14歳になった俺達は、相変わらず見習いの仕事を時々こなしながら、西の草原で魔物狩りする日々を送っていた。


「あと一撃入れる!クリスはもうちょっとだけ踏ん張ってくれ!」

「了解!」


 俺達は今、西の草原では強い部類に入る『プレスブル』という闘牛によく似た魔物と戦っている。


「よし来い!!」


 ドゴッ!!


「重っ……!! やっぱコイツの突進重過ぎるって!!」


 プレスブルの突進を盾で受け止めたクリスが、あまりの衝撃に愚痴を吐きながら少しバランスを崩す。


「ファル頼む!!」


 そのクリスを見た俺は、すぐさまファルへ合図を送る。すると、音も無く飛んできた矢がプレスブルの首へと突き刺さった。


「ブモォォォオオ!!」


 急な痛みで驚いて泣き叫んだプレスブルは、当てずっぽうで明後日の方へ大きく振り向く。


「よし」


 それを見て俺は、肩に両手剣を担いで死角からプレスブルの側面に駆け寄る。


「ッシャァア!!」


 そして、駆け寄った勢いそのままに、両手剣を思い切り振り下ろして隙だらけの首筋を叩き切った。

 首から勢いよく血を噴き出させているプレスブルは、徐々に目から光を失っていきドサッと倒れた。


「ふぅ……なんか今回はいつものより大変だった気がするな」

「ハァ……疲れたー。まだ腕が痺れてるよ」


 盾を手放して地面に座り込んだクリスは、腕をブンブンと振りながら項垂れている。


「お疲れクリス。プレスブル狩りはどうしてもクリスの負担が大きくなっちゃうな」

「まぁ、それは仕方ないよ。そのおかげで『盾術』のスキルレベルがまた上がったみたいだしね」


 そう言うとクリスは、プレートをこちらに見せてくる。


——————————————————

氏名 [クリスチャン・モルフィート] 年齢 [14歳]


所属国 [ブランデン王国] 職業 [   ]


スキル

[収納魔法Lv.5] [盾術Lv.8] [剣術Lv.3]

[解体Lv.1]

——————————————————


「おーほんとだ凄ェ! プレスブルを狩り始めて二ヶ月で、もう3つもレベル上がってるじゃん!」

「そうだけど、3つ上がってもおかしくないような生活はしてるって! ちなみにファルはどうだい?」

「……俺も上がってるな」


 自分で確認した後、ファルも俺達に見えるようプレートを出した。


————————————————

氏名 [ファル・シモンド] 年齢 [14歳]


所属国 [ブランデン王国] 職業 [   ]


スキル

[音魔法Lv.6] [弓術Lv.8] [剣術Lv.4]

[解体Lv.3]

————————————————


「ファルも上がったのか……。もしかしたら、今のプレスブルは他のよりも強い個体だったのかもしれないな」

「だと思うよ! コイツの突進他の奴より全っ然重かったからね!」


 まだ痺れで震えながらも、倒れたプレスブルをプルプル指差してキレているクリスが途轍もなく滑稽に見える……。

 そんなに強かったなら俺も上がってるかもしれないな。


 俺もポケットからプレートを取り出してスキルレベルを確認する。


————————————————

氏名 [リンク・エンゲルス] 年齢 [14歳]


所属国 [ブランデン王国] 職業 [   ]


スキル

[雷魔法Lv.5] [短剣術Lv.4] [剣術Lv.8]

[能力把握Lv.4] [解体Lv.2]

————————————————


 あ、上がってねぇ……!普通にショックだわ!まぁ、全体的に見て二人より劣ってる訳じゃないからいいけど!

 最近は『雷魔法』のスキルレベルを優先して上げてたから、『剣術』のスキルレベルの伸びが落ち着いたか?


「リンクはどうだった?」

「いや、俺は上がってなかった。なんか俺の器用貧乏具合が強くなってきてる気がするんだけど、パーティの火力担当としては『剣術』のレベルを優先して上げた方がいいのか……?」

「いや、僕は満遍なく上げてもいいんじゃないかなって思うけど……だって、悪く言えば器用貧乏だけど、良く言えば万能って事でしょ?」


 おぉ……上手い事言いなさる。

 確かにクリスの言う通りかもしれんが……。


「僕なんて盾しか出来ないんだから」

「いやいや!クリスもやろうと思えば剣使えるだろ!」

「違う違う、役割としての話だよ。それに、来年成人して冒険者登録したら北の森へ通い始めるんでしょ? そうなったら両手剣だけじゃやっていけないんじゃない?」

「確かに……」


 確かにそうだわ。森の中で振り回して戦える程、まだ両手剣を使いこなせてない……。緊迫した場面で周りが見えなくなったら、確実に木に引っ掛かる自信がある。

 でも、普通の片手剣とか短剣だと火力が物足りないし……そうなると『雷魔法』のレベル上げをどんどん優先していいのか……? いや待てよ……。


「おーい、リンクー」

「へっ!? あ、あぶねぇ……トリップしかけるところだった」

「いや、してたよ……。とりあえず、そこらへんは来年までの課題にしようよ」

「……そうだな。これから色々考えていく事にするか。森の中なら『短剣術』のレベルを上げて、回転数でダメージ稼ぐのも悪くないかもしれないしな」


 まぁ、あくまで一つの選択肢としてだが。


「背中に両手剣、腰には剣と短剣、そんな感じで変幻自在な戦い方をするつもりなのかい?」

「いやいや、流石にそんなジャラジャラ剣を装備するつもりは無いって。でも、変幻自在に使い分けて戦うっていうのは面白いかもしれないな……」


 日常も含めて、行動が完全に剣オタクだけど。


「それは流石に剣オタクみたいだぞ」


 ……ファル。俺の心を読まないでくれ。


「冗談だ。流石にそんな色々装備してたら頭がこんがらがってしょうがない。でも、両手剣と短剣に絞るなら悪くないかもしれない」

「まぁ、とりあえず色々試してみてじゃない?」

「そうだな。今は狩りの獲物をプレスブルに変えて収入も上がったし、成人するまでに金を貯めて良い装備を買うって選択肢も出てくるかもしれない。装備の質も火力を上げる大事な要因だしな」

「おぉ、いいね!新装備!」


「っていうか、お前ら……プレスブルの解体忘れてないか?」

「「あっ!」」


 ファルの声で正気に戻った俺達は、急いで解体に取り掛かった。

 その後、解体を終えると、素材を分けて三人で背負いながら(ほとんどクリスの『収納魔法』任せ)街へと戻った。





 昼過ぎに街へ戻ってきた俺達は、ギルドで諸々の素材を売り払って、訓練所にいたエマに声をかける。


「いたいた。エマ!」

「あっ!おかえりー! 今日もプレスブル?」

「そうそう、今日もプレスブル。 エマ、悪いんだが今日もクリスに『回復魔法』掛けてやってくれないか?」

「……それは全然大丈夫なんだけど……クリスは苦労させられてるね」


 そう言って、エマは同情するような目をクリスに向けながら『回復魔法』を発動した。


「ありがとうエマ。楽になったよ」

「どういたしまして。毎回怪我してるみたいだけど、辛い時はちゃんと文句言わないとダメだよ!?」


 おぉ、なんか俺が酷い奴みたいな扱い方をされている気がする……。


「僕はこれぐらいなら全然平気だよ」

「まぁ、クリスが大丈夫ならいいんだけどね……」


 ジトっとした目で俺を見るんじゃない。


「それよりエマ、俺達これから昼飯食いに行くんだけど、一緒に行かないか?」

「……それ奢り?」

「あぁ、奢りだ。いつも世話になってるからな」

「なら行く!!」


 それから俺達は訓練所を出て、ギルド近くにある行きつけの食堂に入った。


「へー、今日のプレスブルはそんなに強かったんだ!」

「まぁ、大変だったのはクリスなんだけどな」

「なんかクリスが可哀想に思えてくるよ……。というか、プレスブル以外の魔物は狩ったりしないの?」

「んー、今の俺達だと西の草原で手応えを感じられる魔物って、プレスブルかグラスウルフぐらいだからな……」


 今の俺達の実力でレベル上げと金稼ぎを両立しようと思ったら、選べる選択肢はどうしても少ない。


「そのって魔物じゃダメなの?」

「アイツらはなぁ……群れで行動するから、三人パーティの俺達には安全面でちょっと厳しいって感じだな。要するに相性が悪いってやつだ」


 グラスウルフは草原に適応した狼型の魔物で、だいたい五匹以上の群れを作る。

 草原の草に紛れる緑色の体毛で、動きも早く、群れで連携して戦う事を得意としているため、俺達のような少人数パーティにとっては厄介な魔物だ。


「それで結局プレスブルになっちゃう訳なんだね」

「そういう事。そんな事よりエマの調子はどうなんだ?」

「私は至って順調よ!『製薬』の方もレベル上がってきてるんだから!」


 そう言うとエマは、威張るように胸を張りプレートを見せつけてくる。


————————————————

氏名 [エマ・ローリンズ] 年齢 [14歳]


所属国 [ブランデン王国] 職業 [   ]


スキル

[回復魔法Lv.7] [製薬Lv.4]

————————————————


「おー、確かにスキルレベル上がってるな」

「でしょ!? 今はまだ低品質なポーションしか作れないけど、いつかはリンク達でも使えるやつを作るつもりだからね!」

「ほう、それはとんでもなくありがたいな」


 エマは祝福で『回復魔法』一つだけしかスキルを与えられなかった。だが、色々調べたり努力をして、自力で『製薬』のスキルを取得したのだ。

 精神的な面で戦闘は苦手みたいだが、なんとかして俺達を支えたいという、エマの純粋な優しい気持ちが伝わってくる。


 本当にありがたいよ……。

 いつか何かで返せる日が来るといいんだけどな。


「だから、リンク達が将来『クラン』を作ったら私も所属させてよね」

「それはまた先の長い話だな……。何年後になるかわからないぞ?」

「待つからいいの!それまでは私も『職人ギルド』への薬の納品で稼ぐから」

「そうか。じゃあ、出来るだけ早くクランを作れるように俺達も頑張るよ」


 エマが言っている『クラン』というのは、主に冒険者がパーティ以上の規模で寄り集まって作られる組織『冒険者クラン』の事で、Bランク以上の冒険者がクランリーダーとなる事で創設出来るようになる。

 クラン内の冒険者を支える為に『職人ギルド』からは薬師や鍛冶師、『商人ギルド』からは商人など、様々な職種の人間がクランメンバーとして所属したりする事もある。


 似たような組織に『傭兵団』というものがあるが、『傭兵団』は『傭兵ギルド』に所属している傭兵達を主として作られる。

 傭兵は冒険者とは違い、対人戦闘が専門で、盗賊退治や戦争などが生業となる。


 ちなみに、エマが登録しようとしている『職人ギルド』の登録条件は、成人になっている事ではなく、『製薬』や『鍛治』などのクラフト系スキルがレベル10を超えている事が条件となる。


 本当に先の長い話だ。

 Bランクに上がるまで、どれぐらいの時間が必要になるんだろうか……?


 昼食を済ませて、食堂前でエマと別れた俺達は、いつも通り西の草原へと向かい、再びプレスブル狩りを続けるのだった。





 数日後。

 狩りを終えた俺達が街へ戻ってくると、ギルドの前に見慣れた先輩達の姿があった。


「あっダントさん達だ。お疲れ様です!」

「「お疲れ様でーす」」


「おうおう、待ってたぜ『雷鳴』諸君」

「よう」

「やっほー」


 俺達の事をパーティ名で呼んでくるのはダントさん達ぐらいだな……。


「待ってた?また見習いの仕事依頼ですか?」

「いや、今日はそういうのじゃないんだ…… ちょっと話したい事があってな」

「ん?どうしたんです?」

「いきなりで悪いが、俺達はこの街を出る事にした」


 ………えっ!?

 えらく神妙な表情で話し始めるなとは思ったけど、そういう話!?


「な、なんで!? 僕そんな話聞いてないですよ!?」

「あぁ。クリスにも伝えてなかったな。けど、お前らには三人揃って話そうと思ってたんだ」


 弟子のクリスも知らされてなかったのか……それにしても、なんで急に街を出るなんて話になったんだ?


「父上は知ってるんですか!?」

「もちろん領主様には伝えてある。一応お前の剣の教師としての雇い主だからな。 クリス、伝えるのが遅くなって悪かった」

「……それはもういいです。僕達三人が一緒にいる時に伝えるつもりだったんなら仕方ないですよ」


 クリスはそう言うと、何かを耐えるように下を向いた。

 ……とりあえず、俺からも聞きたい事を聞いてみるか。


「それで、なんで街を出る事になったんですか? ……もしかしてトラブルですか?」

「違ェわ!! 街から逃げる訳でも、追い出される訳でもねェ!」


 なんだ、違うのか。


「じゃあ理由はなんです?」

「……そろそろ俺達もBランクを目指そうと思ってな」

「Bランクを目指す……?」

「そうだ。上を目指したくなっちまったんだよ。 その為にはもっと厳しい環境へ行かねぇとな」


 なるほど……上を目指す為にか。


「でもなんで急に?」

「まぁ、確かに急だよな。実はな……今まで俺達Cランクで満足してたんだよ。Cランクでも普通に良い生活は出来るしな」

「たしかに。Cランクなら食うには困らないでしょ」

「そう、充分生きてはいける……。でも頑張ってるお前達を見てると、俺達も冒険者を始めた頃みたいに何かを追いかけたくなっちまった」

「………」

「だからパーティで話し合って街を出る事に決めた。きっかけをくれたお前達には本当に感謝してる。ありがとうな」

「初心を思い出させてくれてありがとう」

「本当に感謝してるわ」


 ダントさんに続いて、シンさんとエリザさんも感謝を述べる。


 そうか……ダントさん達は既に三十歳を越えてる。体が衰えていく前のラストチャンスを掴むには今しか無いんだ。


「わかりました。俺達も全力で応援します! でも、寂しくなりますね」

「確かに寂しくはなるな……。でもお前達は俺達の事なんか気にせず、今みたいにがむしゃらに進め」

「……気にせずなんて無理ですよ。『剣刃』は俺達『雷鳴』が目指す目標でもあったんですから」

「へぇ、お前ら俺達の事そんな風に思ってたのか。じゃあ、尚更目標であり続ける為に上を目指さないとな……Cランクなんてお前らすぐに上がってきそうだし!!」


 おー、理由はアレだが嬉しい事を言ってくれる……。


「じゃあ、期待通りすぐ追いついてやりますよ」

「おっ、いいじゃねぇか。そういう感じで良いんだよお前達は。また楽しみが増えたぜ」


 本当、この人には敵わないな。

 根っからの兄貴肌だ……。


「それで、いつ頃街を出られるんですか?」

「えー、出発予定は三日後だな。 あっ、もし見送りするつもりならいらねぇぞ?」

「いやいや!見送りぐらいさせてくださいよ!水臭い!!」

「わ、わかったよ……!勝手にしろ! ってか、俺達はいつまでギルド前なんかで喋ってんだ! とりあえず飯行くぞ! 奢ってやっから!」

「い、今からですかっ!?」


 急なんだよ! 色々と!


「当たり前だろ! クリス、お前はそろそろ顔を上げろ!いつまで落ち込んでんだよ!重いわ! あと、ファルもちょっとは喋れ!クール過ぎるだろ!シンでももうちょっと喋るぞ!」

「「「余計なお世話ですよ(だ)!!」」」


 クリスとファルとシンさんの三人が声を揃えてツッコむ。

 それに隠れて、何故かエリザさんが勢いに任せてダントさんの背中を引っ叩いていた……。仲良いな。


「よーし、良いテンションだ! とりあえずその背負ってる物早く売ってこい!ここで待っとくから」

「「「了解!!」」」


 その夜、『剣刃』と『雷鳴』の六人は、店を何軒もハシゴして遅くまで飲んで、食って、騒いだ。

 思い出に残るような出来事もたくさん起きた。


 クリスが結局我慢出来ずに泣き崩れてしまったり、それに釣られたのかファルが急に感極まって感謝を叫んで店の人に怒られたり、ダントさんとシンさんの二人が昔エリザさんを口説いて振られたという衝撃事実を聞かされたり……。


 本当に色々な事があった。





 三日後。

 俺達は街の西門で『剣刃』を見送った。

 それは、また明日に会えるかのような、あっさりとした別れだった。


 だが、街から離れていくダントさん達の背中から目を離す事が俺達は出来なかった……。

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