第9話 『剣刃』
準備を済ませて北の森へ入った俺達は、話をしながらもビッグボアを狩るため探索をしている。
「ダントさん、俺は見た事が無いからわからないんですけど、ビッグボアってどれぐらいの大きさなんですか?」
「ビッグボアの大きさか…リンクは街で馬車見た事あるか?」
「そりゃもちろんありますけど……えっ?」
「大きさだけなら馬車と同じぐらいだな。しかも、スピードに関しては馬車なんかよりビッグボアの突進の方が全然速い」
……デカっ! 速っ!
ほぼワゴン車じゃねぇか!!
「へ、へー…それは突進されたら軽く死ねますね…」
「あぁ、間違いなく死ぬな。でも、正面には立たず側面に張り付いちまえば問題無いんだよ。昨日も言ったけど、そんなに難しい仕事じゃないから安心しろって!」
「……わかりました。とりあえず正面には絶対立たないようにします。普通に怖いんで」
「まぁそれが懸命だな」
話しながら探索をしているがまだ魔物との遭遇は無い。
「そういえば、なんでビッグボアを狩るのか聞いて無かったんですけど、近くで被害でもあったんですか?」
「いや、そういう事では無いんだが……まぁ、ある方からの依頼でな…」
「ん?ある方?」
「……モルフィートの領主様だ」
えーっと……領主?
おいおいおいおい、急にビッグネームが出てきたぞ!!
「領主様って…!なんで領主様程の人がビッグボアなんかを!?」
「いや、なんかビッグボアの肉が食べたいから狩ってきて欲しいんだとよ…」
「えーっと、つまり今回の依頼は討伐依頼というよりは納品依頼って感じですか?」
「まぁそういう事だな。今回は相手が貴族様だから高く買い取ってもらえるし、他の素材は俺達の方で勝手に売っていいらしい。だから結構な稼ぎになるんじゃねーかな?」
「要するに『剣刃』のみなさんにとっては、難易度も低くて稼ぎも良いというありがたい仕事って事ですか」
「まさしくそういう事!ガハハ!」
「見習いの稼ぎしかない俺達にとっては羨ましい話ですね…」
「おいおい、お前達はこれからだこれから!頑張ってればいつかはお前達にもそういう話が入って来るだろうから心配すん……みんな止まれ。シンが何か見つけたみたいだ」
俺がダントさんと話をしていると、先行しているシンさんの足が急に止まった。
そして、シンさんはその場で足元を調べると、こちらへ振り向いて俺達に手招きをしてくる。
俺達は足音を殺しながらシンさんの元まで向かう。
「どうしたシン?何があった?」
「ほら、これを見てくれ…ビッグボアの足跡と糞だ。糞はまだ新しいから近くにいると思う」
「そうか、やっと手掛かりが見つかったな。全員こっからは頭を低くして出来るだけ静かに動くぞ」
「「「「「了解」」」」」
それから、俺達はシンさんを先頭に出来るだけ音を殺しながら足跡の追跡を始めた。
数分後、前を歩いているシンさんの足がまたピタッと止まる。
しかし、今度はこちらへ振り向く事無く、背中を向けたまま手招きをしてきた。
「見つけたか?」
「あぁ。あそこ…」
俺達もシンさんが小声で指差した方へ視線を向ける。
すると、そこには地面に落ちた木の実を食べている巨大な猪がいた。
……デッカ!!
やっぱ想像するのと直接見るのじゃ全然迫力が違うな。
ってかあんなもんどうやって狩るんだよ!? 今の俺じゃ剣で致命傷を与えられる気が全くしねぇ!
両手剣でも擦り傷ぐらいしか付けられないだろアレは…今の『雷魔法』じゃ全然効かねぇだろうし……
「よーし、それじゃあ作戦指示出していくぞ。 まずエリザ、お前はとにかく弓矢で目を狙ってくれ。肉が分厚過ぎて目以外の急所にはほとんど届かないと思うからな」
「わかったわ」
「シンは出来るだけアイツの注意を引き付けてくれ。 俺から意識を外させてくれるだけでいい。 もちろん隙があれば攻撃してくれて構わないからな」
「了解」
「俺はアイツの死角へ回り込んで大剣を叩き込む。運が良ければその一撃で仕留められるんじゃねぇかな。 それと、今日はアイツを狩っただけで仕事終了だ。多少疲れても大丈夫だから魔法も使っていけ」
「「了解」」
「見習い達3人はここで待機。一応アイツの視界には入らないようにしとけよ? 出来るだけ動かずに隠れてここで見といてくれ」
「「「了解」」」
「じゃあ始めるぞ」
ダントさんが指示を出し終えると『剣刃』の3人は各々で動き出した。
まずシンさんが音をたてずにひっそりと草陰から出ていくと、そのまま音を殺しながらビッグボアの背後へと徐々に近づいていく。
そして、至近距離にまで辿り着いた瞬間、ビッグボアの右後脚の付け根に短剣を勢い良く突き刺した。
だが、5cmぐらいしか刃が入らず、シンさんは深く差し込むのを諦めて冷静に後ろへ飛び退いた。
どうしたんだ…?筋肉で止められたのか?
ビッグボアは刺された痛みに驚いて後ろを振り返った。
そして、シンさんを視界に捉えて威嚇し始める。
フゴフゴと威嚇しながらも、クラウチングスタートのように腰を少し落として突進の準備に入った。
その瞬間、ビュッ!という風切り音が鳴り、とてつもない速さで飛んできた矢がビッグボアの左目へ突き刺さった。
っ!?今の矢はエリザさんか!?
俺の目では矢を全く捉えられなかった!
なんつう速さだよ…!
「ンゴォォォオオ!!」
突然左目の視界を奪われたビッグボアは痛みと怒りで鳴き叫び、その原因を作ったエリザさんの方へと向かって突進を始めた。
すると突然、突進中のビッグボアとエリザさんの間に大きな石の壁が現れる。
もの凄いスピードで突進していたビッグボアは、いきなり目の前に現れた石の壁に驚き急ブレーキをかける。
しかし、上手く止まる事が出来ず勢いそのままに壁へ突っ込んでしまった……ように見えたのだが、何故か壁の中をすり抜けていく。
ど、どゆこと!?なにアレ!!
戦況を観察していただけの俺ですらそうだったように、ビッグボアはパニックになってキョロキョロと周りを見渡している。
そして、ビッグボアがゆっくりと後ろを振り返ると、とんでもないものに目を奪われて体が固まってしまった……
なんと、そこにはビッグボアよりもさらに大きな巨熊がいたのだ!
その熊は前脚を上げて二本足で立ち、勢いよく威嚇のポーズを決める。
だが、その熊は徐々にスーッと透明になっていき姿を消し始めた。
……はぁ?
「……フゴ?」
俺とビッグボアがその光景にキョトンとしていると、その瞬間。
左目を失ったせいで死角になっているビッグボアの左側面に、ダントさんが現れて無防備状態の首へ向かって思い切り大剣を振り下ろす。
「ハァァアア!!」
振り下ろされた大剣は、ビッグボアの頭を見事に刎ね飛ばす。
そして、その大剣は振り下ろされる勢いのまま、ドゴッ!という大きな音と共に刃を地面へ深く食い込ませていた。
ヒ、ヒェ〜なんつう一撃だよ…!おっかねぇ!
色々な事が起こりすぎて、ダントさんの存在が完全に頭から抜け落ちてたわ!
最後の最後、見事に美味しいところを持っていったな!!
「おーい!終わったぞー!」
「は、はい!今行きます!!」
言葉を失い呆然としていた見習い3人はダントさんの声で我に返り、慌てて『剣刃』の元へと向かった。
「お、お疲れ様です。い、いや〜凄かったですね」
「おい、どうしたお前ら…? なんかビクビクし過ぎだろ」
「アンタの一撃が激しかったから驚いちゃったんでしょ! 察してあげなさいよ!」
「い、いやーまさしくエリザさんの言う通りですね。あとはそうですねぇ…まぁその〜なんて言うんでしょう……ちょっと怖いです」
「……はぁ?怖いぃ!? 何を怖がる事があるんだよ! まさか俺がお前達に手ぇ出したりするかもとか思ってるんじゃねぇだろうな!?」
「いやいや、ダントさんがそんなことする人じゃないってのは俺達もわかってますって! でもあんな戦い方見ちゃうとどうしてもね…ハハッ……」
感覚的に言うと、前世の日本でロケットランチャーを持った人がいきなり目の前に現れたって感じなんだよな……
その人は優しいから自分達に何もしないってわかってるんだけども、恐いものは恐い……
「ったく、なにか質問があるなら答えてやるから、そんな目で俺の事を見るのはやめてくれ…」
「……すいません。 じゃあ、お言葉に甘えて聞きたい事がめちゃくちゃあるんですけど、いいですか?」
「あぁ、大丈夫だ。でも解体しながら答えていいか? この状態じゃ持って帰れねぇからよ」
「それは全然大丈夫です。解体しながらでお願いします」
そして、ダントさん達の解体作業が始まったので、俺達は『剣刃』の3人へ質問を開始した。
「それじゃあ、まずはいきなり現れた石の壁と熊について聞きたいんですけど…」
「それはシンの魔法だな。説明してやってくれ」
「あぁ、わかった。まず、あれは俺の『幻影魔法』で作られたただの幻だ。『幻影魔法』っていうのは実体が無い幻を俺の望む形や大きさで作り出す事が出来る。 幻が複雑過ぎたり大き過ぎたりするとその分消耗はするけど、罠とか撹乱にも使える便利な魔法スキルだと俺は思ってる」
そうか……あれが『幻影魔法』か。
名前は知ってたけど、あそこまで現実と見分けがつかないとは思ってなかったな…
「なるほど。さっきみたいな使い方で相手の注意を引きつけたり、隙を生み出したり出来るわけですね?」
「そう言う事だな」
「理解出来ました。ありがとうございます。次はファル、何か聞きたい事あるか?」
「あぁ、ある。俺はエリザさんの矢について聞きたい。どうやったらあんな矢を撃てるようになるんですか? 『弓術』のスキルレベルが上がればあんな風に矢を射れるようになるんですか? それとも何かあの速さで飛ばす技法があるんですか? もしそういうのがあるなら是非知りたい」
それは俺も気になってた。
あの矢のスピードは理屈的にありえなかったからな。
それにしても…ファルがめずらしく熱くなってるな……
普段こんなに口数多く無いんだけど。
「残念ながらあれは技法とかそういうのではないわ。 確かに『弓術』のスキルレベルが上がれば速度と貫通力が上がるのは間違い無いはずよ? けどさっきの矢に関しては、実は『風魔法』で極限まで速度を上げているだけなの」
「…『風魔法』?」
「そう。 『風魔法』は
「なるほど…そうか…魔法スキルと組み合わせて使う方法もあるのか…なるほど……」
ファルの奴がなんかボソボソと言い始めた…完全に自分の世界に入り込んでやがる。
それにしても、エリザさんは兄ちゃんと同じ『風魔法』使いなのか。
たしか兄ちゃんも似たような使い方をしてた気がする。武術系スキルと魔法スキルを組み合わせて戦うのは、この世界のセオリーなのかもしれないな。
「僕もダントさんに質問していいかな?」
「おっ、なんだ?クリスは何が聞きたい?」
「ダントさんがその大剣であんな馬鹿みたいな威力を出せるなんて知らなかったんですけど、あの威力はなんですか?」
「あー、あれは『重量魔法』のおかげだ。『重量魔法』は物を重くしたり軽くしたり出来る魔法スキルでな、あの一撃の時は振り下ろす瞬間だけ大剣の重さを10倍にして威力を底上げしてたんだよ」
……おいおい、『重量魔法』って俺が『欲しい魔法リスト』に入れてた内の1つじゃないか!!
いいなぁ…
『重量魔法』も使い勝手良さそうなんだよなぁ……
「そんな技があるなら稽古の時に見せてくれたって良かったじゃないですか!!」
「教えてるのは剣術なんだから別に見せる必要は無いだろ。それに、無闇に自分の技を人に見せるなんてのは馬鹿のやる事だ!」
……ん?あれ?
なんとなく2人が知り合いなのはわかってたけど、もしかしてクリスが剣術を習ってるのってダントさんからなのか?
ってことは師弟関係じゃないかこの2人。
「ダントさんはクリスの剣の先生だったんですね」
「えっ…? あ、あぁそうだな。言ってなかったか?」
「いや、今初めて知りましたね」
……なんか変な間があったよな?
「まぁ、それはいいじゃねぇか。よし、解体も終了したし荷物にまとめていくぞ! 内臓と骨は適当に埋めていくからなー」
「「「「「了解」」」」」
俺達は背負えない程重くなった荷物をダントさんの『重量魔法』で軽くしてもらい、道中問題が起こる事もなく無事、街へ帰る事となった。
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